第2話 屋上と突然のトラブル
ティアリカが落ち着いたこところで、彼女から改めて話を聞くことができた。
「あの教団が国と結託して、手柄を総横取りとはなぁ」
「信じられますか? 私たちのあの旅を、あの苦悩を、あの思い出を、全部塗り替えてなかったことにするだなんて。私の名誉などどうでもいい。でも、あの所業は許せない」
「表向きは神託によって選ばれた勇者と教団騎士率いる聖女様。でも実際は聖女様と俺みたいな平民たち……。どっちのほうが語り伝えるにふさわしいかってことで、前者を選んだわけか」
「えぇ、勇者……あの方も平民でした。でも、それを気に入らなかった教団は……」
「で、お前はそれを不正だと断じて、抗議したわけだ。そして、聖女の座を降ろされた」
「……はい」
「世界はその聖女とどこぞも知らん奴が演じる勇者と教団騎士たちによって救われたってわけだ」
「えぇ……もう、そのときには彼らの力の影響が広く及んでいて……私にはもう……」
その後、彼女は各地を放浪しながら生き抜いてきた。
日銭を稼ぐためにも色々やった。
それこそ、聖女時代の自分なら忌み嫌っていたことでさえ、死ぬもの狂いで請け負ったのだ。
中身のわからないものを運搬。
傭兵団に混じって寝入っている敵部隊へ奇襲をかけ、火をつけるなど。
魔王討伐の旅はもちろん、聖女として振る舞っていたときでさえ、書類や人伝に聞く程度でしか知らなかった蛮行や残虐な行為。
こうした仕事から逃げるように離れ、現実と悪夢にうなされながらも辿り着いたのがこのヘヴンズ・ドアだ。
仕事を探し回って、このキャバレーに落ち着いたらしい。
「今後どうなるかわかりませんでした。でもここは賑やかで、人も多いから、なんとか笑顔を取り戻せました。そんなときにアナタが来た……」
「そうか……」
「そんな顔しないでください……今私、すごくホッとしてるんです。この街の灯りなんかよりもずっと明るい希望を見ることができたんですから」
「俺たちは失ってばかりじゃないってことだ。たとえ過去を
「もちろん! さぁ、戻りましょう。1杯目は私の奢りです」
「そりゃ楽しみだ」
さっきよりずっと明るい顔になってゲオルは安心した。
むしろ今までにないくらい笑顔が眩しい。
「さぁて、美味いやつ頼むぜ」
「はぁい。じゃあ少々お待ちくだ────……」
ドゴンッッッ!!
突然の轟音から来るただならぬ雰囲気。
それにふたりはスイッチが入ったように反応した。
「今の音は……」
「キャバレーの外、……おおよそ30メートル圏内」
「やれやれ、初仕事が来て早々とはな」
「初仕事?」
「……『なんでも屋っぽいの』、ゲオル・リヒター見参って奴さ!!」
「あ、待って!!」
ふたりの疾駆が現場につくまでそうかからなかった。
「ヒュウ、こりゃどういう案件だ?」
「植物系モンスター!? バカな、魔王がいなくなったのにどうして……」
「根絶させたわけじゃない。それに……悪用する奴だっているだろ。どこからコイツを持ち出したかは知らんが」
ドラゴンを彷彿とさせるその魔物の咆哮を見上げながら、ゲオルは笑みをこぼし空間に手をいれた。
取り出したるは巨大な鉄の塊。
複雑に組み合わさったそれの持ち手をつかんだ。
"仕掛け魔装"。
世界に数えるほどしかない超越的なエネルギーを秘めた希少なる兵器。
彼が用いるは、仕掛け大鎌。
ゲオルは起動させる。
形状は一気に折りたたんだ状態から金属音を立てて大鎌の姿に。
闇色のそれは蒸気機関のように唸りを上げて、ゲオルに仇なすものを威嚇する。
「お前仕事中じゃないの?」
「緊急事態ですよゲオル」
「……噂になるかもな」
「なにか言いまして?」
「後悔すんなよって言ったんだよ」
「するはずがありません。大勢の方を守れるのですから」
「よし、じゃあ行こうか。昔みたいによぉ!!」
触手が伸びると同時に大鎌が風を斬る。
闇色の閃光が、迫る脅威を瞬く間に退けていった。
風車のような回転からの鋭い斬撃に円舞のような優雅さ。
才能だけではない、長年かけて洗練された動きだ。
その動きを見たティアリカは瞳を輝かせた。
かつての冒険の思い出が、全細胞をビリビリと震わせる。
「あぁ……ゲオル……いいえ、皆……。私、覚えています……あのときもこうして、皆で戦ったことを。皆で、乗り越えたことを」
胸のうちで、この運命に祈る。
高鳴る鼓動とともに脳裏に写る思い出。
それが彼女をさらに勇気づけた。
「そぉおおら!!」
ザクザクと触手を斬り裂くゲオル。
だが気を取られたためにもう1本のそれが逃げ遅れた住民に迫る。
「やっべ!」
「キャアアア!!」
まだ子供だった。
行こうにも距離が離れすぎている。
「ティアリカ!!」
「わかっています!!」
少女の前に立ち、聖なる魔術で障壁と成す。
魔術によって弾かれた触手をゲオルが斬り裂いた。
もはや魔物に攻撃の手段などないに等しい。
ゲオルは地上から、ティアリカは高く飛び上がり宙から。
地を抉るような闇色の斬撃と魔術で編まれた聖なる光槍がクロスするように魔物を貫いた。
「す、すげぇえ……あっという間に倒したぞ」
「あの大鎌の男はナニモンだ!?」
「いや、それより……あのバニーガールはなんあんだ!?」
ゲオルへの注目は一気にティアリカへと向いた。
「へ、え? え? えっと……」
「だから言ったろ。後悔すんなよって」
「え、ゲオル、あの……」
「その格好で戦ったらそりゃあ、ねぇ……」
だんだんと冷静になっていった彼女の顔がみるみる赤くなっていき。
「……言ってくださいよ初めにッッッ!!」
「だから言ったじゃねぇか!! 正確には噂になるかもなだけどよ」
「はぁ!? そんな言い方で伝わるわけないじゃないですかッ!!」
「いや、初めに緊急事態っつったのお前じゃん!?」
「それでもキチンと言ってくださいッ!」
「人のせいにすんなよ!!」
その後も繰り広げられる痴話喧嘩のような光景に、人々は再びヤンヤヤンヤと盛り上がりを見せ始めた。
衛兵が来る前に終息したが……。
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