第5話 エミーリアの思惑

 シャルロッテがエルヴィン邸に来た数日後、自室で過ごすシャルロッテに彼女の世話役メイドであるラウラが話しかける。


「シャルロッテ様宛にお手紙が届いております。アドルフ伯爵邸の執事と名乗っておいででした」

「アドルフ伯爵家のお方から、私に?」

「なんとも大事な手紙だそうで、中身はシャルロッテ様一人で見てほしいと」


 ラウラはシャルロッテに手紙を渡すと、お辞儀をして部屋を出ていく。


(何かしら……?)


 そう思いながら、手紙を開けるとそこにはお茶会の誘いが書かれており、日時を見るとなんと今日のお昼からであった。

 シャルロッテは急いで参加しなくてはと身なりも整えずに慌ててそのまま部屋を飛び出す。

 玄関まで走っていくと、たまたま馬車の整備をしていた御者に「アドルフ伯爵邸まで行ってほしい」と伝え、馬車に飛び乗った。


 馬車は山林を抜けて2時間ほどかけてアドルフ伯爵邸の玄関にたどり着いた。


「ごめんなさい、ここで少し待っていていただけますか?」

「かしこまりました」


 シャルロッテは御者に待つようにお願いをすると、アドルフ伯爵邸の玄関へと走る。

 すると、玄関の前には身なりの整った壮年の執事が一人立っていた。

 執事はシャルロッテの格好を見て少し怪訝そうな表情を浮かべながら、彼女に要件を問う。


「いらっしゃいませ、当家に何か御用でしょうか?」

「あの、アドルフ伯爵邸で開かれるお茶会への参加でまいりました」


 そういって届いた招待状を執事に手渡した。

 中身を確認して招待状を確認すると、「どうぞ、お茶会はこちらになります」と言って案内する。



 庭園を抜けた先でお茶会が開催されており、少なくとも30人の貴族の令嬢や子息がお茶を楽しんでいた。

 誰もが優雅に紅茶を飲んで、皆仲の良い者同士や新しく知り合って親交を深めている者たちなど様々である。

 シャルロッテは到着してから自身がお茶会の作法を知らないことに気づき、どうしていいのかわからずに辺りを見渡した。

 すると、テーブルに一つ紅茶が置かれていたため、シャルロッテはそれを持って飲み干す。


(喉が渇いていたから、ちょうどよかった……)


 その様子を一人の令嬢が見つけてシャルロッテに近づいて来る。


「あら、あなた私のお紅茶を取り上げた挙句にみっともなく獣のように飲み干したの?」


 その令嬢がまわりに聞こえるようにわざと大きな声で言うと、皆シャルロッテのほうに視線を向ける。

 シャルロッテはまた何か自分は間違ってしまったのだと思い、その場で申し訳なさそうに俯いた。

 その様子をにやりと笑いながら見ると、令嬢はそのまま言葉を紡ぐ。


「こ~んな作法もご存じない、それに見まして? こんなにお茶会に不釣り合いな汚らしいお召し物をなさって、一体どこのご令嬢かしら?」

「まあ、ほんと。よくみたら人前に出るなんてとんでもないお召し物」

「きっと間違ってお茶会に入ってきてしまったのよ、招待状なんてないでしょうし」


 三人の品のある令嬢たちがシャルロッテを笑いものにしながら話す。

 「招待状」という言葉が出たため、シャルロッテは慌てて自分に届いた招待状を令嬢たちに見せる。


「しょ、招待状ならこちらにございます!」

「あら、これはうちの紋章が明らかに違いますわ。偽物ですわね」

「まあ! この方偽物の招待状を作って入り込んだの?!」

「えっ! ち、違い……」

「皆さま~! この方、うちのお茶会に無断で入り込んできた怪しい方ですわ! 気をつけてくださいまし!」


 そういうとお茶会の場がざわめき、そしてあちこちから悲鳴もあがる。


「作法もわからないし偽物の招待状なんて……卑しい者の証ではないか! とっとと失せろ!」

「あら、よく見たらこの方先日ご婚約された『冷血公爵』の妻じゃない?」


(やめて……私はいい、でもエルヴィン様のことを悪く言うのはやめてっ!)


「『冷血公爵』夫人だって? なんだやっぱり化け物じゃないか。夫婦揃って恐ろしい人たちだ!」


 バシャッとその子息は紅茶をシャルロッテに向かって投げかける。

 それを合図に何人もの令嬢や子息が手に持っていた紅茶をシャルロッテにぶつけた。

 全身紅茶まみれになり、綺麗な美しい髪からぽたぽたと雫が零れ落ちる。


(──っ! 痛い、心が。でもエルヴィン様を悪く言われるのはもっと嫌……)


 シャルロッテはそう心の中で思うのに、悔しさと喉のつまりで声が出ない。


「アロイス!! アロイス!! この怪しいものをひっ捕らえて今すぐ屋敷の外に追い払ってちょうだい!!」

「お嬢様っ! 怪しい者の侵入を防ぎきれず、申し訳ございません。すぐにこの者を外に連れていきます」


 そういうと、執事は何人かの警備の者と一緒にシャルロッテを強引に引っ張り外に出す。

 シャルロッテがお茶会の最後で見たのは、この家の令嬢のにやりとした笑いとその後ろからでてきたシャルロッテに招待状を持ってきた執事の存在だった。



 お茶会が終わると、アドルフ伯爵令嬢が自室に向かう。

 そこにはシャルロッテの妹、エミーリアがいた。


「あなたの姉、ほんとに偽の招待状で来たわよ」

「だってあいつ、アホだもん! はあ~ちょっとからかってやろうと思ってやったけど思いのほかすっきりしたわね」

「これで約束の金貨はもらえるんでしょうね?」

「ええ、どうぞ」


 そういって金貨がたんまり入った袋をアドルフ伯爵令嬢に渡す。


「あ~面白かったあ~!! あの紅茶まみれの汚い姿、お父様とお母様にも見せてあげたかったわ~♪」


 エミーリアは高笑いしながら、部屋を後にした。




◇◆◇




 アイヒベルク邸のエルヴィンの執務室では、シャルロッテの世話役であるラウラとエルヴィンが言葉を交わしている。

 夕方頃からの酷い豪雨と雷で、屋敷の中もすでに暗かった。


「それは本当なのか、ラウラ!」

「ご不在だったとはいえ、お伝えするのが遅くなり大変申し訳ございません!」

「君のせいじゃない、ひとまず私はアドルフ伯爵邸へと向かう」

「お待ちくださいっ! 外は豪雨で危険です、家の者で探しますから……」

「待てないっ! シャルロッテが心配すぎるっ! 私が行く!!」

「……かしこまりました、馬車の準備をいたします」


 ラウラからシャルロッテが何も言わずにアドルフ伯爵邸へと向かったと聞いたエルヴィンは、その黒髪を揺らしながら部屋を後にした。

 そうして玄関の扉を開けた途端、家の前には馬車が停車しておりその中からゆっくりと俯いたシャルロッテが出てきた。



「…………………………」



 浴びた紅茶は降りしきる雨で一気に流れ落ち、そしてさらにシャルロッテの身体に容赦なく雨粒が打ち付ける。


「シャルロッテ……」


 自分の名を呼ばれてぴくりと肩を揺らした彼女は、虚ろな目をエルヴィンに向ける。


「エル、ヴィンさま……」



 涙か雨かわからない雫が滝のように頬を伝い落ちる。

 その瞬間、あたりがピカリと眩い光に包まれた後、大きな振動と共に轟音が鳴り響いた──

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