第2話 初めまして公爵様
シャルロッテは妹に連れられ、自我が目覚めてからは初めてヴェーデル伯爵邸の本邸に足を踏み入れた。
豪華なシャンデリアに真っ白い壁、絵画や骨董品の美術品の数々が廊下を彩る。
「お父様、お母様、入りますわよ」
「ああ」
エミーリアはドアをノックしてヴェーデル伯爵と夫人がいる執務室へと入る。
(すごい豪華なお部屋……)
シャルロッテは自分の住む世界と全く違う明るい世界に、そわそわとして落ち着かなかった。
「お父様、お母様! シャルロッテを連れてきましたわよ」
「ご苦労だったな」
ヴェーデル伯爵は手紙を書いていた手を止めて、エミーリアのほうを見つめて言う。
「まあ、相変わらず汚い身なりだこと」
夫人は手で顔を覆い、上半身を後ろに引いて、汚物を見るような目でシャルロッテに視線を送る。
「ヴェーデル伯爵、伯爵夫人。はじめまして、シャルロッテと申します」
シャルロッテは、昔に家庭教師から教わったカーテシーをするが、うろ覚えの彼女はうまくできない。
「まあ、この子まともな挨拶もできやしないのね」
ふん、というように夫人が蔑んだ目でシャルロッテを見る。
そして、時間が惜しいとでもいうように「要件だけ伝える」とヴェーデル伯爵はシャルロッテに告げる。
「エルヴィン・アイヒベルク公爵からお前に婚約の話が来ておる。行ってくれるな?」
「それはもちろんですが、私が公爵様に嫁ぐなど……そのような大変ありがたいお話よろしいのでしょうか?」
「ああ、なんたって今日はお前の18歳の誕生日だからな。親としてできる限りの最後のプレゼントをしないと」
ヴェーデル伯爵は「最後の」という部分を強調して言った。
「で、もう馬車の準備はしてある。まあ、ありがたいことに公爵様は何も持参せず身一つでいいと言ってくださっている。だからそのまま出ていいぞ」
「……かしこまりました」
「じゃあね~、お・ね・え・ちゃ・ん♪」
エミーリアは手をひらひらとさせながら、楽しそうにシャルロッテに向かって手をふる。
「ではもう出ていけ」と言うヴェーデル伯爵の言葉を聞き、シャルロッテはメイドに連れられて玄関へと向かった。
シャルロッテのいなくなった執務室では、家族がけたけたと笑っていた。
「やりましたわね! お父様、お母様!!」
「ああ、ようやくあの忌々しいやつをこの家から追い出せたぞ」
「それにしても嫁ぎ先のお方のことを何も教えないなんて、ずいぶん可哀そうなことをするわね~」
「エミーリアも思ったわ! だって、嫁ぎ先ってあの『冷血公爵』なんでしょ?! 何されるかわかんなくて、エミーリアこわ~い」
エミーリアが母親の腕に掴まって、わざとらしく大げさなリアクションをする。
「まあ、これでうちは安泰だ! アハハハ!!!」
廊下に聞こえるほど家族の大きな笑い声が響き渡っていた──
シャルロッテはメイドに促され、玄関につけていた馬車に乗り込む。
彼女が乗ったことを確認すると、メイドは乱暴に閉めて御者に合図をした。
「うわっ!」
馬車が動き出したと同時にシャルロッテは態勢を崩し、窓に頭をぶつける。
ぶつけた箇所をさすりながら、ようやく席に着いた。
「これが馬車というものなのね、気をつけないと危ないわ」
こうして、馬車はまっすぐにアイヒベルク公爵家へとむかった。
◇◆◇
シャルロッテを乗せた馬車は夕方頃にアイヒベルク公爵家に着いた。
「馬車が止まったわ、着いたのかしら」
窓の外を眺めようとしたところでドアが開く。
「うわっ!」
またしても態勢を崩して今度は馬車から落っこちそうになるシャルロッテ。
なんとか踏みとどまり、御者に促されて慌ただしく馬車の階段を下りる。
「ようこそお越しくださいました」
身なりの整った執事が丁寧な所作でシャルロッテを迎える。
「こ、こんばんは……」
咄嗟にカーテシーでお辞儀をすると、執事も手を胸の前に当てて笑顔でお辞儀をする。
「さあ。馬車での旅はお疲れでしょう。旦那様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「ええ、ありがとうございます」
シャルロッテは執事に案内されるがまま、周りをきょろきょろしながらアイヒベルク邸の中を進む。
白を基調としたシンプルな長い廊下の奥に、両開きの豪華な扉が見えてくる。
執事は扉を開けて中にいる人物にお辞儀をする。
「お連れしました、旦那様」
本棚が高くそびえたつ前には、年季の入ったブラウンの執務机がある。
執務机には艶やかな黒髪に、身なりの整った姿をした20代くらいの男性が座っていた。
その男性は椅子から立ち上がると、ゆっくりとシャルロッテのほうに近づく。
(とても背が高いお方……)
そして、シャルロッテのもとに到着すると黒髪の男性はシャルロッテの目を見て告げる。
「いらっしゃい、シャルロッテ。私はエルヴィン。今日からここが君の家だ」
エルヴィンはダンスを誘うように優雅に手を差し伸べると、わずかに微笑んで言う。
差し出された手をとっていいのかわからず、あたふたとするシャルロッテ。
(困りました……これは手をおけばよいのでしょうか)
悩んだ末にシャルロッテはカーテシーでたどたどしく挨拶をする。
その様子をとても愛おしそうに見つめると、エルヴィンは優しい声色で言葉を紡ぐ。
「ありがとう、シャルロッテ。18歳のお誕生日おめでとう。それから、私の妻になってくれますか?」
シャルロッテは18歳の誕生日の夜、一人の男性の妻となった──
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