【電子書籍化】人生で一番幸せになる日~「あなたは災いをもたらすから」と政略結婚で追い出されたけど、嫁ぎ先の『冷血公爵』様から溺愛されています~

八重

第1話 少女はボロ小屋で日常を過ごす

「今日はパンが入っているの?! 嬉しいわ、ありがとう!」

「……」


 少女のお礼の言葉に対して、メイドは聞こえていないかのように何も返事を返さない。

 なぜこんな態度をとるのかというと、この家のメイドは基本この少女と言葉を交わすことを禁じられているからだ。

 それがこの家、ヴェーデル伯爵家の決まりであり、少女の待遇であった。

 こんな酷な待遇を受けているこの少女はれっきとしたヴェーデル伯爵令嬢であり、名をシャルロッテ・ヴェーデルという。


「ずーーーー」


 シャルロッテはメイドから配給されたスープをはしたなく音を立てて飲む。

 今日は特別にパンくずが入った野菜の切れ端入りのスープで、器に口をつけて飲んだあとの底のほうに残った野菜くずは手で手繰り寄せて食べる。


「はぁ……、今日も美味しい」


 スープを飲み干すと、汚れた手を自らのスカートで拭き上げる。

 その様子をメイドは冷めた目で見つめながらも全て飲んだことを確認すると、すぐさまスープの器を下げる。


「美味しかったわ、ありがとう」

「……」


 メイドはシャルロッテと目も合わせないうちに、早々にドアを開けて去っていく。



 一方、昼食を終えたシャルロッテは『ノルマ』の達成に向けて作業をするために机に向かう。

 本日のノルマである手紙の代筆のために、手紙が汚れないようにするために机の上をスカートで拭き上げ綺麗にする。

 机が綺麗になったことを確認すると、そこに大量の紙とペン、インクを用意する。


(私にできるのは手紙を書くことくらいなんだから、しっかりお役に立たないと)


 そういって、シャルロッテはペンを持って紙にすらすらと文字を書いていく。


「はぁーー」


 ところが、暖房器具などないこの「離れ」と言われるボロ小屋は凍えるような寒さであり、シャルロッテは手に息を吹きかけ温める。

 隙間風があちこちから入る建付けであり、雨が降ったときには当然雨漏りもしてしまう。


 明かりは薄暗く、小さな窓から入る光を頼りにシャルロッテは器用に文字を書く。

 シャルロッテの作業机はただの板を重ねただけであるため、机の上がへこんでいたり溝ができていたりとデコボコして書きづらい。

 それでもシャルロッテはそのデコボコの具合に合うように紙を置き、上手に文字をしたためる。


「今日は公爵家へのお手紙ね」


 シャルロッテは手紙を書く上で最低限の教養は、ヴェーデル伯爵夫人の命で来た家庭教師より教えられている。

 しかし、逆に言えばそれ以外のことは何も教えられていなかった。

 シャルロッテは自らの家族にも虐げられ、メイドにも無視される。


 なぜ、このような境遇に彼女は身を置くことになったのか。

 それは彼女の「容姿の秘密」が関係していた。




◇◆◇




 ──17年前。


 シャルロッテはヴェーデル伯爵家の長女として生を受けた。


「奥様、可愛い女の子ですよ」

「まあ……嬉しい……」


 しかし、抱き上げたメイドが赤子であるシャルロッテに違和感を覚える。


「この子……目が……」


 メイドたちが不思議がる様子を不安に思い、ヴェーデル伯爵夫人は苦しい身体を起こして、メイドが抱きかかえるシャルロッテを覗く。


「──っ!!」


 ヴェーデル伯爵夫人は言葉を失い、手で口元を覆った。


「金色の……目……」


 ヴェーデル伯爵夫人が見たものは、シャルロッテの『金色の目』だった。

 我が子の目を見て恐れおののき、そして力なく彼女はへたり込む。


「奥様……旦那様には……」

「あの方には、私からお伝えします。あなたはこの子をすぐに『離れ』に連れて行きなさい」

「かしこまりました……」



 ヴェーデル伯爵家にはある言い伝えがあった。

 『金色の目』を持つ者が生まれた場合、その子は災いをもたらすと──


 ヴェーデル伯爵は、夫人から生まれた子供が『金色の目』であったことを伝え聞く。

 そして、伯爵は自分の子供であるシャルロッテを一目見ることもないまま、離れに幽閉することを正式に決定した。



「旦那様、奥様。シャルロッテ様はミルクを規定量無事に飲み終え、本日は13時間お休みになりました」

「別に仔細の報告はしなくてよい。生きているかそうでないかだけ伝えよ」

「……かしこまりました」


 生きるぎりぎりの生活を強いられたシャルロッテはこうして毎日を生き延びていった。




◇◆◇




「できあがった!」


 シャルロッテは伯爵より与えられた手紙の代筆という『ノルマ』を終え、伸びをする。

 すると、突然乱暴に離れのドアが開けられて、外の光が中に差し込んだ。



「ゴホッ! ゴホッ! 何これ、埃臭い……」

「エミーリア……様」


 エミーリアはシャルロッテの実の妹であり、シャルロッテとは違い、本邸で暮らして両親からそれはそれは大切にされている。


「もう! なんで私がこんなことを」


 エミーリアは床にはった蜘蛛の巣を嫌がるように、靴を上げる。


「わざわざ来ていただいて恐縮です。ありがとうございます。……何かわたくしの仕事に不備がございましたでしょうか?」

「不備? そんなことは私にはわかんないわよ。それより、あんたに婚約の話が来ているわよ!」

「わたくしに、婚約……?」



 この婚約がシャルロッテの運命を大きく変えることになる──

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