第81話 キックオフ飲み会

お客さんとのキックオフの後、夜は懇親会で家に帰り着いたのは23時を回ってからだった。


その日は要さんの部屋には行かない日になっていたので、シャワーを浴びてすぐに寝て、翌日の金曜日は重い体を引きずって会社に向かう。


明日から週末となると仕事に身が入るわけはなくて、早く帰ってゆっくり寝たいところだけど、今日の夜は先日の内部キックオフをしたメンバーでの飲み会だった。


幹事は後輩の松本さんに任せたので、私は会費を払って指定された店に行くだけだった。でも、最後まで保つかはやや怪しい。


今日の飲み会は要さんも一緒なので、最悪寝てしまっても要さんが連れて帰ってくれるだろう。


飲み会の参加メンバーは8人、男性4人に女性も4人、社内の男女比を考えると半々なんてかなり珍しい。


アプリ側のメンバーは揃って店に向かって、案内を待っている間に要さんと有瀬さんも合流する。


案内されたのは8人掛けの掘りごたつになっている席で、自然と男性と女性が一列に並ぶ形になる。


奥側が女性列で国仲さん、私、要さん、有瀬さんが横並びで座る。


向かい側には国仲さんのプロジェクトから移動した金沢さん、新人の南さん、保守の上村さん、幹事の松本さんが末席だった。


飲み物が揃い始めると急に緊張が出てくる。今日、乾杯の声を掛けるのは私に決まっていた。


乾杯と締めの挨拶を国仲さんと私で分担しようと事前に話をして、国仲さんに締めの方がいい? と言われたけど、責任が軽そうな乾杯の挨拶の方を選んだ。


だって、自分がそんな立場になるなんて、今まで考えてもいなかったから、立ち上がるだけで勇気がいる。


「今日はお時間を頂き有り難うございます。これからいろいろお願いすることもあるかと思いますが、今日はまずは楽しんで頂けたらなと思っています。では、乾杯」


それに続いて他の参加者も乾杯と口にしながら周囲と杯をくっつけ合う。


飲み会モードに突入したことを確認してから私は腰を下ろした。


今日の私の役目はこれで終わりだと一気に気を緩める。


「お疲れ様。今日はソフトドリンク?」


隣の要さんがビールジョッキを持ったままで聞いてくる。既に1/3はビールが減っていて、いつもながら飲むのは早い。


「昨日も飲み会だったので、今日はお酒はいいかなって」


「昨日無理して飲んだんでしょ?」


「意識無くす程は飲んでませんよ。楠見さんも飲み過ぎないでくださいね」


仕事では要さんを以前のように『楠見さん』と呼ぶようにしているけど、意識しないと要さんと口から出そうになる。


「それは大丈夫」


どこが大丈夫なんだろう、と思いながらウーロン茶を口に含んだ。


要さんと職場の飲み会で一緒になるのは、そう言えば初めてだった。


叶野さん、国仲さんならあるけど、男性がいるのといないのでは雰囲気は違う。


並べられた料理を摘まみながら、三々五々散らばっての会話が始まる。


国仲さんと金沢さんは、金沢さんが元いたプロジェクトの今の状況を話していて、南さんもそれにひっついて話を聞いている。


席的にはみ出しているけど要さんの方の話題に入ろうかな、と視線を向けると有瀬さんが退屈そうにグラスを口に運んでいる。


今日は半強制みたいな飲み会だし、有瀬さんは知らない人ばかりで話しづらいのかもしれなかった。


有瀬さんの前に座っている松本くんは、おっとりしてるから自分から話しかけるタイプじゃないし、要さんと私の席は逆の方が良かったかもしれない。


要さんが席を立ったタイミングで場所を交代しようかな。


その要さんに積極的に声を掛けているのは上村さんで、自分をアピールしようとしていることは分かった。


要さんは話は合わせているけど、はっきり言って興味が全くないのが分かる。


自惚れじゃなくて、要さんって好意を見せる男性に付け入る隙を与えない。


要さんの容姿なら今までにも何十回、何百回とそんなシーンに遭遇しているから慣れたものなのかもしれない。どう転んでも男性は恋愛対象にはならないって断言してる人だから、ごめんなさい上村さんと心の中で謝っておく。


そんなことを思いながら話を聞いていると、床に下ろしていた左手に要さんの手が重なる。


視線は上村さんを向いたままで、指先を絡めてくる。


しょうがない人だけど、こういうこっそりはちょっと楽しい。


手を重ねあったまま、私は向かいの南さんにありきたりだけど仕事はどんな感じかと話を振る。


話が弾む程じゃないけど会話を続けて、南さんの趣味がボルダリングだと話が出た所で、隣の国仲さんが興味を示してくる。


「国仲さんもされるんですか?」


「ワタシじゃなくて、叶野さんがやりたいらしいんだよね」


「叶野さんらしいですけど、そんなにストイックに体を鍛えてどうするつもりなんですかね?」


「だよね。筋肉とか見せられても興味ないですとは言っておいた。女性でも楽しめるスポーツだとは思ってるけど、叶野さんはまると危険だから」


「確かにそんな気がします」


叶野さんははまったらとことんまでやるタイプに思えるので、国仲さんの杞憂じゃないだろう。でも、要さんは体を動かすことへの興味は薄そうなので大丈夫なはず。


「都築さんってスポーツはしないの?」


「全然縁がないですね。休みの日はほとんど家で過ごしてますし……運動不足なのは自覚しています」


国仲さんは叶野さんとキャンプに行くし、フットサルにも参加していると聞いたことがある。そのせいか30代でもすらっとした体型を維持している。


デスクワークだし、そろそろ私も何か始めた方がいいかもしれない。


それを要さんに言うと、ベッドの中で運動しようって言うのが目に見えてるけど。


「じゃあ都築さんもどうですか? 楽しいですよ」


南さんに誘われたけど、まずは基礎体力の方からどうにかしないと、と丁重に断りを入れた。


でも、要さんは、見ている限りだと運動を頑張っているわけでもなさそうなので、どうやってあの絶妙なプロポーションを保っているんだろう。


まさか、何もしなくても太らないタイプなんだろうか。


横をちらっと流し目で見ても、気づく気配はない。


家ではそんなにお酒は飲んでないけど、飲み会はそこそこ多いので、そこでは飲んでるはずだった。


まあ、飲んだら食べないタイプだけど。


このまま要さんと同じ生活をしていると、私だけが丸くなりそうで怖い。


むしろ憎い??

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