第47話 2人の時間
「紗来ちゃん」
「何でしょう?」
要さんの家の前で来たところで足を止めた要さんにつられて私も歩みを止める。
「何があったか、すごく聞きたいけど、紗来ちゃんがまだ話せないんだったら、今日は聞かないでおこうって思ってるの」
要さんの声は冷静なものだった。
事件や事故に巻き込まれたでなければ、要さんへの連絡を私が絶ったのは故意だというくらい要さんにも想像がついているだろう。
「今晩は一緒にいてもいいですか? 話せるかどうかはわかりませんけど……」
今日のこのタイミングを外せば、私はなかなか相談するきっかけも掴めないだろう。でも、きっと要さんが傍にいてくれなければ潰れてしまう気はしていた。
「分かった。荷物を置いて、シャワーを浴びてから泊まりに行くね」
時間を空けてくれたのは私が考える時間を与えてくれているかのようだった。
「ちゃんと来てくださいね」
「もちろん。紗来ちゃんが家を開けてくれなくても、無理矢理侵入するから」
「待ってます」
いつもなら出せる軽口が今日はでない。了承だけ伝えて、私は自分の部屋に入った。
要さんに傍に居て欲しいと言ったのは本心から出たものだったけれど、どうやって要さんに話すのがいいのかは見えていない。
私がもしありのままを伝えたら、要さんは分かれようと言わないだろうか。
私が悩んでしまった事実に、要さんは傷つかないだろうか。
悩みながらのろのろと必要最低限のことだけして、シャワーを浴びた後はベッドに転がって目を瞑って心を落ち着ける。
インターフォンが鳴ったのは1時間くらいしてからで、ベッドから起き上がって玄関に迎えに出た。
「紗来ちゃんのスマホ壊れてる?」
部屋着でスマホだけを手にした要さんの開口一番の言葉はそれだった。
「……電源落としたままでした」
「メッセージ送っても全然帰ってこないから」
「すみません」
今日1日は、私の鞄の中でスマートフォンは真っ黒な画面のままだった。
今も要さんは何か連絡をしてくれようとしてくれたのだろう。自分の頭が一杯すぎてスマートフォンのことは気にもしていなかった。
「要さん……」
「何?」
「ぎゅってして欲しいです」
自信がないくせに、私は要さんに触れて甘えたかった。
要さんが私を抱きよせて、抱き締めてくれる。
男性のような広い胸はないけれど、要さんは私を胸に納めて、両腕に少しだけ力を入れて私の体を支えてくれた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
酷いことをしたのは私なのに、ただいまと言ってくれる要さんの優しさに涙が溢れた。
「要さん……要さん……」
「泣かなくてもいいのに。ごめんね、仕事とはいえ、1週間以上も会えなくて」
「……それは仕方ないです」
「紗来ちゃんは仕方ないって言わなくていいから。わたしがわたしの仕事で我慢するのはともかく、紗来ちゃんまで我慢することないでしょ? 怒っていいよ」
怒ろうなんて気はなかった。ただ、
「淋しかったです」
「わたしも会いたかった」
抱き締めてくれる要さんの腕が私を更に引き寄せて、そのまま要さんに身を寄せる。
要さんの心臓の音が響いてくるようで、今ここに要さんがいることを実感する。
「次からは長い出張の時は無理矢理でも帰ってくるか、紗来ちゃんに来て貰うか絶対する」
「無茶言わないでください」
部屋に入っても要さんは座った状態で、私を背後から抱き締めてくれて、背後から回された掌が私の手を包んでくれていた。
指を動かすとその間に要さんの指が絡んで、ぎゅっと握りしめ合う。
要さんは何も聞こうとしなくて、私は言葉をどう切り出すべきか考え倦ねている。
きっと要さんは一晩中でもこうしていてくれるだろう。
この手を私は離したくない。
「要さん」
「なに?」
離れたくないから、話そう。
そう決意を固めた。
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