第26話 朝
目覚まし代わりのスマホのアラームで目を覚ましたものの、すぐ傍にある温もりが惜しくてベッドから出たくない。
「今、何時?」
私の身じろぎに要さんも起こしてしまったようだった。
「6時半です」
「紗来ちゃん起きるの早くない?」
まだ寝ぼけている要さんはちょっと可愛い。
「ずるずる起きられない方なので、早めに鳴らしているんです」
「じゃあ、もうちょっと一緒に寝よう」
要さんに背後から腰に抱きつかれて、ぎゅっと抱き込まれてしまう。
「今日の夜も仕事が終わったら来てもいい?」
耳元で囁かれるとくすぐったい。でも、要さんが甘えてくれるのは嬉しかった。
「要さん、毎日来そうですよね」
「だって隣だし、いちゃいちゃしたいから」
「前の恋人は週末くらいしか一緒にいなかったんじゃないですか?」
「なんで知ってるの!?」
「一時期、毎週末に隣の部屋から女性の喘ぎ声が聞こえて来ました」
「…………聞こえてたんだ。ごめんなさい。翠は声が大きい方だったからかな」
これであの声は要さんじゃないことが確定する。そうだろうと思っていたけど、前の彼女のものだったのだ。
「すごく愉しんでいそうでした」
「過去の話だからね。それに、翠とは3ヶ月くらいで別れたから、付き合っていたのはほんのちょっとの間だけだよ」
「ふぅん」
「紗来ちゃんと翠は全然違うからね。翠と付き合ったのは翠に付き合って欲しいって言われたからで、自分を誤魔化して付き合うのが嫌になったから別れたの」
「ゲームばかりしてるって言われたって言ってたやつですか?」
「そう。毎週毎週おしゃれな場所でデートしてとか、わたしには無理だったの」
「要さん、人混み好きじゃないですよね?」
「そう。家で紗来ちゃんにくっついてる方がいいの」
「ほどほどならいいですよ」
家にいる方がいいのは私もだけど、さすがにずっとだと鬱陶しくなりそうだった。
「努力はします。あと、紗来ちゃんの声は誰にも聞かせたくないから、するのは紗来ちゃんの部屋でにしようか」
「……私の部屋だって、上とか下の人に聞こえるかもしれないじゃないですか」
「大丈夫。紗来ちゃんの声、可愛いからわたしが全部受け止めるよ」
「そういうことじゃないんですけど……要さん!?」
私の腰に抱きついていた要さんの手が肌の上を動き出す。
「もう一回紗来ちゃんの可愛い声聞きたくなっちゃった」
「仕事ですよ、今日」
「分かってるけど、ちょっとだけ」
要さんは全然諦める気はなくて、私の肌に唇を落として行く。
昨日までは誰ともしたことがなかったのに、昨晩要さんに愛されて、私の体は要さんと体を重ねる快楽を知ってしまって、期待をしてしまう。
「紗来ちゃん大好き」
その言葉に要さんを止めることはできなくて身を委ねた。
「遅刻したら要さんのせいですからね」
最寄り駅までの道を小走りに駆けながら、隣を走る要さんに文句を言う。
朝ご飯を食べる余裕もなくて、ぎりぎりで私と要さんは家を飛び出した。
「だって、紗来ちゃんが可愛かったんだもん」
悪びれなく要さんは笑う。
平日は禁止にしないと、毎回これになりそうな気がしてきた。
要さんに求められるのは嬉しいし、肌を触れ合わせるのもまだふわふわした感じがしてるけど、要さんに近づけているみたいで嬉しい。
なんとか会社の就業時間に間に合いそうな電車に乗り込んで、ドアの前の場所を確保する。
朝のラッシュ時の電車に余裕があるはずもなく、向かい合って要さんと抱き合う形になる。
この腕の中が安心できることを、私は昨晩知ってしまった。
「間に合った」
「毎回走るは嫌ですからね」
「じゃあ、歩いて行けるぎりぎりを次から狙うから、安心して」
「それ、ちっとも安心できません」
悪びれなく笑う要さんは懲りてる様子がない。
電車に乗っているのは10分くらいの間で会社の最寄り駅で降りた。
時間的にここから先は歩いても大丈夫だろうと、並んで歩きながら今晩の計画を立てる。
「今日は昨日の残りが残ってるし、夜ご飯はそれにしようか」
「じゃあ、ご飯系がないので、帰りにバケットだけ買っておきます」
「うん。それで良さそう」
お米を炊くことはできたけど、残っているものを考えるとパンの方が合いそうなメニューだった。
「要さんは遅くなりそうですか?」
「トラブルに巻き込まれなかったら、大丈夫なはず」
「じゃあ、何時頃帰るか分かったらLINEしてください」
「紗来ちゃんが可愛いすぎるんだけど。このまま持って帰っていい?」
「仕事終わったら会うんですから、頑張ってください」
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