第18話 恋人
よく分からない間に恋人ができてしまった。
しかも全く予測にもなかった美人が、私の初めての恋人になった。
未だに楠見さんが私でいいと言ってくれている理由が納得できていないけど、キスをしたというのは事実だった。
付き合い始めたと言っても、いきなりお互いの生活に入り込みすぎても疲れるだろうと、楠見さんと時間を過ごすのは休日中心で、今までと大きく生活が変わったわけではない。
休みの日は2人で出かけることも増えて、家の外でも積極的な楠見さんに慌てふためくこともよくある。
楠見さんは女性とつきあった経験があるから慣れたものなのかもしれないけど、私は初めてのことだらけなのだ。
土曜日の午後、いつものようにランチに一緒に行った流れで、楠見さんの部屋に2人で戻る。
最近私はオンラインゲームのやり方を少しずつ楠見さんに教わっていたりする。
PCの前に並んで座って、根気強く楠見さんはポイントを教えてくれるけど、センスがないのかなかなか上達はしていない。
「上手く行かないです。もうやだ……」
今日1日で何回死んだだろう。
楠見さんにお手本を見せて貰いながら同じことをしても、なかなか思うようにはいかない。
でも、時間だけは経つのは早くて、窓の外はもう暗くなっていた。
「今日はここまでにする?」
「私に教えるの嫌にならないですか?」
「紗来ちゃんと一緒にゲームできるの楽しいよ? もう少し上達したら一緒にログインして回ろう?」
「要さんの足を引っ張るだけですよ」
要さんと名前で呼ぶようになったのは、付き合ってるんだからそう呼んでと拗ねられたからだった。初めは言葉が出なかったけど、今は少し慣れてきた感はある。
「いいのいいの。一緒に回ることに意味があるんだから」
「それ、運動会と同じレベルじゃないですか」
「じゃあ、リアルでいちゃいちゃする方がいい?」
要さんとはあれから何回かキスはしてるけど、幸いというか、まだそれ以上には進んでいない。
抱き寄せられることはあっても、今のところ抱き締めるだけで満足してくれている。
付き合っているのだから、いずれはそういうことも考えて行かないといけないのも分かっているけど、おつきあいが初めての私は今で精一杯だった。
要さんと一緒にいるのもキスをするのも嫌じゃないし、要さんは私に甘いということが最近分かるようになってきて嬉しさもある。
「要さんって、前にくっついてるより、家の中で別々に行動してる方がいいって言ってませんでしたっけ?」
「それは言った気がするけど、今は付き合い始めてすぐでしょ? 時間が経てばそうなって行くところはあるけど、今はいちゃいちゃしないで、どうするの」
「付き合うのが初めての私に聞かないでください」
どんな風に付き合うのが普通か私は分かっていない。付き合う前と付き合った後で、変わったのはスキンシップが増えたくらい。
それが恋人として、どの位置にいることになるかも知らない。
「紗来ちゃんのそういう困った顔も可愛いから好き。抱き締められるのも抵抗ある?」
「要さんの体は柔らかくて気持ちいいなって思いますけど……」
美人に覗き込まれると、照れてしまうのは好きとか嫌いとか以前に自然の摂理に近い。
「わたしも紗来ちゃんの体は抱き心地良くて好き」
「体目当てってことですか」
「体に興味があるのは事実だけど、それだけじゃないからね」
「じゃあ何が目当てなんですか?」
「紗来ちゃんの全部かな」
答えになってないと見上げても要さんには全然届いている気配がない。
「じゃあ、今って紗来ちゃんはわたしに合わせてる?」
どういうことを合わせている、と言っているのかが分からなくて首を傾げる。
「例えば、わたしに声を掛けられるから渋々ここに来てる?」
「そんなことないですよ。家に居ても動画を見てるだけで、大して建設的なことしていませんから。要さんと一緒にいるのが面倒だとか居づらいとかは感じてません」
要さんがゲームをするのを見てる時もあるけど、人気のある動画を一緒に見たり、今日みたいに要さんがゲームを教えてくれることもある。
ずっと横でゲームを見てるだけなら長時間は辛くなっただろうけど、私が来ている時は要さんは私を気にしてくれる。
「なら良かった。隣だからつい誘っちゃうけど、無理に合わせなくていいからね。あと、外でもっとデートする方がいい?」
「要さんも私もインドアじゃないですか」
「まあそうかな」
「でも、服とかネイルとかいつ見ても完璧なんですけど、どうしてるんですか?」
それは目下の所、要さんの最大の謎だった。
私が見ている要さんの生活で、要さんがそういうことに時間を使っている気配はない。
洗面台にはボトルにロゴだけがおしゃれに印字された基礎化粧品が並んでいるので、日々のケアとかメイクはしっかりしているんだろうとは考えていた。
「服はインターネットで半分くらい買うし、後は定時後に見に行くようにしてる。平日の方が空いてるし、土日は紗来ちゃんと会う時間にしたいから」
「だからいつも土日にいたんですか?」
「もちろん。ちょっとずつでも仲良くなりたかったし、それに土日に誘えば、紗来ちゃんに土日の予定が入ればすぐ分かるでしょ?」
「要さんって結構粘着系ですよね?」
「だって誰にも紗来ちゃんを渡したくないもん」
そう言って抱きつかれてくると、要さんを独占しているようで嬉しさはある。でも、それすらも要さんの計算なのかもしれない。
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