第12話 研修
その日は会社から指定された研修の日で、広めの会議室に40人くらいが集まっていた。
私が参加することになった研修は春から「主任」になった人が対象で、うちの会社は新卒からこのくらいの年次で主任なるという目安があるので、研修の参加者は同期が多くなる。
部門が違うと会う機会もほとんどないので、最近どう? といった会話があちこちから聞こえて来る。私も新人研修時代に仲の良かった同期に久々の挨拶をする。
講師の人が入ってくると、固まっていた集団もばらけて、私も手近な席に座った。
研修の説明が始まって、今日の研修は座学だけじゃなくて、チーム分けをしての実習もするということだった。説明が終わった後にチーム毎に固まった席になるよう指示が出される。
前に写されたスライドのチーム分けに従って席移動して、チーム内での自己紹介までが初めのワークだった。
各チームは5人でずつ名前が書かれていたけれど、私が入ったチームは1人が業務都合で欠席らしくて4人だった。
「公共の遠藤です。中途入社なので、初めましての人ばかりですが、よろしくお願いします」
遠藤さんは細身の眼鏡を掛けた男性で、公共だから国や自治体のシステムを主に担当する部門の人だった。
「営業の杉本です。主に金融系のお客さんを担当しています。去年研修に参加できなかったので、もう参加しなくてもいいかなって思っていたんだけど、残念ながら今年も案内が来てしまいました」
杉本さんは営業というだけあってか、初対面でも人の興味を引くのが上手い。
「インフラの見上です。よろしくお願いします」
「見上くん、自己紹介それだけ?」
見上くんは私の同期で、特に親しいというわけでもないけれど、このメンバーの中では唯一知っている存在だった。
「何言えばいいのか分からないし」
見上くんは人見知りをするタイプなので、自己紹介はハードルが高いか、と私が続けて口を開く。
「アプリケーションサービス2Gの都築です。最近は本番稼働中のシステムの保守を担当しています。よろしくお願いします」
私以外は全員男性で、男性の方が多い会社では珍しくはないことだった。
初対面の人が多くてもワークを重ねていると、緊張感もほぐれてくる。そうなると昼休憩も一緒に行こうになって、4人で近くの居酒屋にお昼ご飯を食べに向かった。
「遠藤さんって、どうしてうちの会社に入ったんですか?」
「前の会社がちょっとブラックで、ある日給料の振り込みがなくなったんだ」
遠藤さんは中途入社なので、どういう理由があって転職をすることになったのかを何気なく聞いてみた。でも、返ってきた返事は思っていたよりもディープなものだった。
「正社員で働いていたら、給料が振り込まれて当然、ボーナスもあって当然だと思っていたのをことごとく打ち砕いてくれた会社でさ。その時に一緒に仕事をしていた人が声を掛けてくれて、転職することになったんだ」
「会社によって、給料体系も全く違うっていうのはよく聞きますね」
そう言ったのは杉本さんで、営業だけあっていろんな会社のブラックな話は時々聞くらしい。
「給料が入らなかったら、俺は即支払いができなくなって破産する」
「見上くん、貯金してないの?」
「ほぼないな」
そんな話をしながらお昼の定食を食べて、休憩時間終了の10分前には店を出た。
遠藤さんと杉本さんが並んで先に歩いて、そうなると私は見上くんと並んで歩くことになる。
「都築は最近同期と連絡取ってる?」
「最近はほとんどしてないかな。みんなバラバラの配属になったし、何かきっかけがなければ連絡取ることもなくなっちゃった。見上くんは?」
「俺もインフラの同期だけ」
「やっぱりそうなるよね。私は配属部門に女性の先輩が何人かいて、その先輩たちが時々飲みに誘ってくれたりする。あと、インフラ関係で楠見さんって人にもお世話になってるけど、見上くん知ってる?」
「楠見さん……」
「すごい美人で、システム会社に勤めているようには見えない人なんだけど、知らない?」
見上くんの反応が微妙で説明を付け足す。
インフラを担当している部門もそれなりの規模があるので、見上くんが知らないことがあってもおかしくはない。
「知ってる。その……大丈夫か?」
「大丈夫って何が?」
見上くんに何を心配されたのだろうと聞き返す。
「知らないならいいや」
「言いかけて止めないでよ」
見上くんの袖を引っ張ると、仕方なく口を開く。
「…………楠見さんって、美人だからよく告白されたりするらしいんだ。毎回それを断っているから、どうしてかって先輩が聞いたらしくてさ。その答えが男性に興味がないから、だったらしいんだ」
「えっ……?」
確かに楠見さんは女性に対してのスキンシップは過剰気味な人ではあるけど……
「インフラだけの公然の秘密ってやつだから、他には黙っていてくれ。ただ、楠見さんはいい人だし、技術力もあって頼りになるけど、都築は気をつけろよ」
そんなことを言われたせいで、午後の研修は全く頭に入らなかった。
見上くんははっきりとは言わなかったけど、話を整理すると楠見さんは男性に興味がなくて、私に気をつけろと言ったということは、レズビアンだということになる。
今まで私の周囲にはそういう人はいなかったので、本当なのかどうかも私には判断ができなかった。
でも、楠見さんはよく食事に誘ってくれるし、ゲームを見せてくれたりはするけど、そういう意味で接している感じはしなかった。
レズビアンだって言っても好みはあるだろうし、私はきっとそれからは外れていて、ただの友人として接してくれているだけだろうと結論づける。
だって、楠見さんの恋人になるなら、楠見さんより綺麗な人であるべき。
そう私は思っていた。
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