第13話 距離
「都築さん、昨日の研修どうだった?」
定時後、国仲さんの席の後ろを通り抜ける時に声が掛かって、私は足を止める。
「いつもとは違うことをやったので、難しかったです。研修は受けましたけど、実践できる気がしないです」
「まあ、誰でもそんなものじゃないかな」
今日は研修の受講報告を書いて、さっき上司にメールで送ったので、一応私の中では終わったことになっている。
「国仲さんも受けたんですよね?」
私が受けたのは主任になれば必須の研修になるので、今はそれよりも上の役職である国仲さんも受けている可能性は高い。
「受けた記憶はあるけど、もう内容まではちゃんと覚えてないなぁ。結構前のことだし、その後いろいろ研修受けたから、どれがどういう内容だったのか、もうあやふやになってる……あ、叶野さん」
話の途中で、国仲さんの隣の席の叶野さんが戻ってきて、国仲さんが呼び止める。
「楠見さんから、叶野さんを待ってるのに来ないって連絡ありましたよ。忘れてました?」
「あー、忘れてた。ありがとう」
そう言うと叶野さんはPCをシャットダウンして、鞄を手にしてフロアを出て行く。
「打ち合わせ、じゃないですよね?」
「ただの飲み会。時々2人で行ってるみたい」
叶野さんがインフラにも詳しくて、楠見さんとも話が合うらしいことは前回の4人での飲み会で知っていた。でも、この前のはたまたま叶野さんが加わっただったし、それ以外で2人で飲み会をするくらいに仲が良かったとは知らなかった。
叶野さんは30台後半だけど独身で、かっこいいキャリア女性ってイメージがある。国仲さんと同じプロジェクトなので、国仲さんと一緒のことが多いけど、いつも笑顔を向けてくれて話しやすさは感じていた。
もしかして、楠見さんは叶野さんのことが好きなんだろうか。
この前会った時の叶野さんと楠見さんが並んでいるところを思い出す。タイプが違うけど2人とも美人だから、男性が隣にいなくても許せてしまうかもしれない。
「どうしたの?」
「叶野さんと楠見さんって並ぶと、迫力ありそうだなって思っただけです」
「確かにそうかもね。でも、叶野さんは見た目は中性的で家で音楽とか本とか読んでる知的な印象あるけど、中身はただのキャンプバカだから」
「そういえばこの前お会いした時もそんなこと言ってましたね。叶野さんの趣味なんですか?」
叶野さんとキャンプなんて全然紐付かない。楠見さんとオンラインゲームも紐付かなかったし、人の趣味は外見からは推し量れないって分かったけど、国仲さんがキャンプバカと言うのだから相当なんだろう。
「そう。どこでも平気で寝袋で寝られるような人だから。見えないでしょう?」
男性っぽい格好をしても、さすがにちょっとそれは危険なのではないだろうか。
「見えないです。危ないですよ。でも、楠見さんも家ではオンラインゲームで大剣振り回してハンティングしてるような人なので、人って全然見かけによらないですね」
「そうだね。あの2人は一見繊細そうなのに、どこででも生きて行けそう」
「ですね」
そう言って国仲さんと笑い合った。
楠見さんがレズビアンだという話は、本人に確認したわけじゃないので確定じゃない。
流石に敏感なことだから、直接本人に聞くわけにも行かなかった。
とはいえ、今までのような付き合い方は改めるべきなのかもしれないと思い始めている。
レズビアンだからと言って楠見さんは楠見さんだし、偏見はそこまでないつもりだった。
でも、女性の恋人がいたとすれば、友人とはいえ女性が家に出入りしているなんて嫌だろう。
もし楠見さんが叶野さんに恋をしていて付き合いたいと思っているのなら、いつどう状況が変わるか分からないし、毎週末ご飯に行くような付き合いは控えた方がよい気がした。
その週の週末、いつものように楠見さんからの誘いがあって、それを用があるから行けないと断りを入れた。楠見さんに誘われて断るのはこれが初めてだった。
嘘をついてしまったことで家には居づらさがあって、無理矢理買い物に出かけて時間を過ごす。
楠見さんは平日にはほとんど会うことがないので週末も会わないになると、2週間も丸々顔を合わせないことになる。
会ったら、楠見さんのことを変に意識した対応をしてしまわないか、と不安はあるものの、会わなければ会わないで、壁を隔てた向こうで寝起きしている人が遠く感じられていた。
社会人になってこの街に住むようになって、プライベートでこんなに関わったのは楠見さんが初めてだった。
楠見さんは一緒にいて楽しい人だけど、社会人になれば学生の頃のように何も考えずに一緒にいるなんて難しいということだろう。
つかの間の関係に少し惜しさはある。
人恋しいのかな、私は。
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