第10話 2人でのお出かけ

廊下を2人で並んで歩いて、そのまま私の部屋に続いて入る。楠見さんを部屋に案内すると、冬は炬燵にもなる小さめのテーブルの前に座ってもらう。


「ちょっと待ってください」


「いつまでだって待つよ。紗来ちゃんの部屋、女性の部屋って感じがする。ほら、わたしの部屋は可愛さの欠片もないでしょ?」


「シンプルな色合いですけど、拘りはありますよね?」


楠見さんの部屋は白か黒のものが多くて統一感はあるし、しっかりした作りのものが多いのでバランスを考えて配置されている気がしていた。


「どうせ買うならって妥協できない方だから」


一度廊下に戻って、冷蔵庫に仕舞っていた今日の夕食の残りをレンジでチンしてトレーに乗せて持って行く。


「美味しいかどうかわかりませんけど、どうぞ」


「美味しそう。副菜もあって、紗来ちゃんすごい」


頂きますと手を合わせて楠見さんは早速箸をつける。


「作り置きができる物は休みの日に作っておくので、そんなにマメじゃないですよ。むしろ一人だとどうしても量が多くなっちゃって、何日かに分けて食べるんですけど、途中で飽きちゃうんですよね」


一人暮らしを始めたばかりの頃、スーパーでどんなに小さな食材を買っても、余ってしまうという現実に直面した。捨てるのがもったいなくて、多めに作って作り置きをするようになった。


「それは確かに。わたしは余ってくるとミキサーに入れてスムージーにしちゃうんだけど、適当に入れすぎてよく飲めなくなったりしてる」


「楠見さんらしいですね」


「でしょう? おかずもいつも一品どかっと作っちゃう方だし、紗来ちゃんみたいな繊細さがあればいいんだけど」


「繊細なんて言われたの初めてですよ。わりと抜けてますし」


「そうだね」


「そこは否定してください」


「そういうところが紗来ちゃんの良さかなって思うからだめ。この味付け美味しい〜」


「薄くないですか?」


「ちょうどいいよ」


「なら良かったです」


楠見さんが食べ終わるのを待って、食器を洗うと言った楠見さんを押しとどめた。


「今日は疲れてるんですからいいです。楠見さんは家に帰って早く寝てください」


そう言うと楠見さんに横からぎゅっと抱きつかれた。


「連れて帰っていい?」


「連れて帰ってどうするんですか?」


「抱きついて寝ようかなって」


「疲れてるんですから一人で寝てください」


やっぱり駄目か〜と離してもらって、楠見さんを玄関まで見送る。


「そうだ。紗来ちゃん、週末どこかに遊びに行かない?」


「どこかってどこにでしょうか?」


「それは紗来ちゃんの宿題。遊びに行きたいところが決まったらLINEして」


お休み、と言い残して楠見さんは帰っていった。すぐ後に隣のものらしい扉が閉まる音がして、部屋に入ったことが分かる。





楠見さんからの宿題に私は答えが出せずに悩み続けていた。どこか行きたい場所をと言われても、食事にはよく行っているし、それ以外で行きたい所がすぐに浮かばなかった。


がっつり遊びに行くはさすがに違う気がするし、ちょっと行けそうな場所で、楠見さんも楽しめそうな場所ってどこなんだろう。



紗来ちゃん行きたい場所決まった?


悩んでいて、まだ決まってません


紗来ちゃんが行きたい場所どこでもいいよ


それが一番困るんですけど


紗来ちゃんが好きなものは何?


ペンギンが好きです


じゃあペンギンを見に行こう?



ノーと言う理由もなくて、そのまま出発時間だけを楠見さんと合わせる。


楠見さんは隣に住んでいるので、待ち合わせをする必要もない。


どちらかが出ると連絡して、それに合わせて出て来て、家から半径3mの範囲の廊下で集合がいつもだった。


今日も楠見さんに連絡を入れてから廊下でスマホをいじりながら待っていると、楠見さんが姿を現す。


でも、


…………綺麗すぎません? 今日の楠見さん。


私がこの人と並んで歩いていいんだろうかって思うくらい。


「おはよう。どうしたの?」


「いつもと感じが違うなって思っただけです。似合いますけど」


「ありがとう。今日は紗来ちゃんとデートだしね」


そう言って楠見さんは私の腕に腕を巻き付けてくる。


ほんと、この人はスキンシップに躊躇いがなくて、びっくりさせられる。


廊下は狭いので腕を組んで歩きにくいですと楠見さんから逃げ出して、先にエレベーターに向かう。


「それで、どこに行くんですか?」


とりあえずは駅に向かうかな、と歩き始めてから楠見さんに行き先を尋ねる。


楠見さんが告げたのは、電車で30分くらいの場所にあるショッピングモールで、そこに動物園と水族館の合わせた感じの施設ができていることは私も知っていた。


「紗来ちゃん行ったことある?」


「ないです。一人でって行き辛いですから」


「じゃあ良かった」


電車に乗って、扉の前に二人で並んで立っていると、楠見さんに視線がちらちら向けられるのが分かる。


そりゃ、今日の楠見さん綺麗だし、男性なら放っておかないよね。


楠見さんならどんな人も選び放題なのに、今は恋人がいないのは何か前の恋に心残りでもあるんだろうか。


休みをオンラインゲームをして過ごしてしまうような人だけど、ゲーム廃人ってわけでもないし、おしゃれも気をつけているし、社交性もある。


なんで、そんな人が私を誘って出かけようって言ってくれたのか不思議なくらいだった。

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