第6話 打ち上げ

楠見さんと合流して、お店を考えながら3人でビルを出る。

帰宅の準備をした楠見さんは、社内で見ていた楠見さんと変わらないはずなのに、社外で会うとやっぱりインフラのエンジニアには全然見えない。


お店は会社近くの国仲さんが提案してくれたお店に決まって、国仲さんの先導に2人で付いて行く。

そのお店は会社のあるビルから2ブロック先の雑居ビルの2階にあって、階段を上った先の目立たない場所にあった。


「ここなら会社の人に遭遇することもないから」


扉を開けると、外観とは真逆のおしゃれなカフェっぽさがある店内で、客層も女性が多い。


4人掛けの席に国仲さんと私が並んで座って、向かいに楠見さんが座る。


飲み物を先に注文して、3人分が揃ったところで乾杯をする。


「「「お疲れ様です」」」


「今日はトラブルなく終わって良かった」


そう言うのはグラスに注がれたビールを一気に1/3くらい飲み干した楠見さんだった。


飲みっぷりからするにお酒は強そうだった。


「ほとんど楠見さんに全部やって頂いたようなものなので、有り難うございます」


「丁寧なのは都築さんのいいところだけど、わたしはわたしが担当する仕事をやって、都築さんは自分のやるべきことをやったんだから、そんなに恐縮しなくていいよ」


「都築さん、真面目だから」


国仲さんにまで言われてしまって、すみませんと謝りを出す。


「食べ物の注文を先にしようか」


国仲さんがそう言ってくれて、私は後輩なのに奥に座ってしまったことに今更ながらに気づく。


「国仲さん、私が奥に座ってしまってすみません。替わります」


「もう座っちゃったしいいよ。ワタシの方がこの店は慣れているしね」


「国仲さんの世話焼きはもう性分ですよね」


そう言われると納得できる所がある。私のいる部門では、叶野さんに用がある時は、国仲さんを捕まえる方が早いとまで言われていて、国仲さんに用がある人と叶野さんに用がある人が国仲さんに集中して、話しかけるタイミングを掴めないことがあるくらい人気だった。


とりあえずと、フードはサラダと摘まめそうなものをいくつか注文して、楠見さんは早くも2杯目を追加する。


「楠見さんはビール派ですか?」


「何でも飲むけど、基本はビールからかな。中身はおっさんみたいなものだから、わたし」


「美人で、おしゃれで、女性ならこんな風になりたいって思うくらいの外見なのに、中身はおっさんなんて言わないでください」


「全否定されちゃいました」


「楠見さんは外見と中身のギャップ激しいからね。でも、うちの純粋な若手を困らせないで欲しいな」


楠見さんと国仲さんは、一緒に仕事をした過去があるのだろう、打ち解けていることが会話からも分かる。


「社会人も長くなると摺れちゃいますからね」


「楠見さんっておいくつなんですか?」


「わたし? 今年で28」


「私と3つしか違わないじゃないですか」


仕事も迷いなく一人でこなしていたので、30歳くらいかと見ていたけれど、国仲さんより私の方が年が近い。


「25の時のわたしは都築さんみたいに純粋じゃなかった気はする」


「楠見さんは楠見さんで、都築さんは都築さんなんだから比べなくていいんじゃないかな。都築さんは都築さんのいいところがあるんだから、それを伸ばせばいいからね」


「はい」


やっぱり国仲さんは優しい、と隣の国仲さんに抱きついてしまいたくなる。


「都築さん、国仲さんに憧れても、国仲さんは既にパートナーがいるからね」


「私は先輩として国仲さんを尊敬してるだけですから」


国仲さんの左の薬指には指輪がある。結婚はまだだけど恋人に貰ったとは噂で聞いたことがあった。


「都築さんはつきあってる恋人いないの?」


国仲さんに尋ねられて2度、首を横に振る。


「一人暮らしを始めて、仕事に付いて行くのにも精一杯で、そういう気分にならないって変でしょうか?」


「そんなことないよ。そういえば、ワタシもそうだったなって、今思い出した。このまま一人で生きるのかなって思ってた時に、きっかけがあって恋人ができたくらいだから」


「その恋人さんが羨ましいです。国仲さんと付き合えるなんて運いいですね」


「それは確かに。一人だったらわたしが狙ったのにって思うくらい」


冗談か本気か分からない楠見さんの言葉に、楠見さんはこういう冗談を言う人なんだろうと聞き流しておく。


「積極的に相手を探すのがいいのか、流れに身を任すがいいのかは、どっちが正解かはわからないけどね」


そこで国仲さんのスマホに着信があって、国仲さんは言葉を切った。


「叶野さんが今仕事が終わったらしくて、合流してもいいかって聞いてるけどどうかな?」


「ほんと、叶野さんは国仲さん大好きですね。でも、久々にわたしも話をしたいのでいいんじゃないでしょうか?」


「私も大丈夫です」


私は叶野さんとは直接話をする機会もなかったけど、それを否定する理由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る