第19話使われていない教室のスキマ女

 ピンポーン


 チャイムの音で目を覚まして時計を見る。4時だ。こんな時間に訪ねてくるのは常識外れのキチガイか幽霊ぐらいだ。この家の場合は……後者だろう。


 視線を受けながら起き上がる。寝室は昨日と変わらない。これ以上増えたら寝室の意味をなさなくなる。増えてくれるなよと願いながら玄関へ向かった。


 黒い影が見える。よく見ると帽子を被っている。このシルエットは呪いの配達人だ。思い当たる配達物なんて一つしかない。


 玄関を開けてすぐ目の前に小さなダンボールが差し出される。それを受け取ると配達人はペコリとお辞儀をして去っていった。

 その場でダンボールを開ける。中には案の定昨晩話した1本の呪いのビデオが入っていた。


 このビデオは話の中に出てきたコピーの内の1本だろうか。それとも本物だろうか。本物とコピーの違いを知らないから調べようがないけど少しだけ気になる。怪談話を収集していなければこのビデオについて、危険が及ばない範囲で調査していただろう。


 ひとまずビデオは呪物部屋に入れよう。まだ中には入りたくないから隙間から差し込む。


 隙間……隙間といえば『スキマ女』という怪談があったな。あれは危険だ。実際に遭遇したことがあるからその危険度は嫌というほど知っている。


 根本的な解決方法はないが、回避方法は知っている――この家に呼び寄せることで多くの人の命が助かるなら話してみる価値もありそうだ。



【使われていない教室のスキマ女】


 スキマ女の怪談に巻き込まれたのは高校の卒業式の日だった。


 卒業式が終わり、校舎の外で在校生との交流を楽しんでいるとき、最後だからという理由で数人の友人と共に学校探検をすることになったのだ。


 最初はグラウンドや教員用の駐車場を巡り、体が温まってきたところでいよいよ校舎に入ろうとしたとき、友人の一人が


「使われてない教室にいこーぜ」


 と言ったのだ。


 私が通っていた高校にはいくつか未使用の教室があった。どれも扉にガムテープを貼って入れないようになっている。その中でもさらに厳重に封鎖された教室が2階にあった。

 誰の字なのか、見るに堪えない汚い筆跡で「立入厳禁」と書かれた紙が何枚も貼られた教室。私たちはその教室に興味津々だった。

 しかしいきなりその教室に行くとその後がつまらなくなる。まずは他の教室に入って気分を盛り上げてから、立入厳禁の教室に向かうことになった。


 結論から言うと、他の教室はいたって普通だった――とは友人の感想だ。


 私は視線を感じていた。

 じーーーーーと見られている。早く立ち去ろう。そんな気にさせる視線だ。観測者の視線とは違う。明確に命を狙い、奪うものの視線だった。


 恐怖心が増幅した私は友人たちの説得を試みた。しかし彼らは微塵も危険だなんて思っていない。人の言うことなんて聞きやしない年齢だ。結局、彼らは私を無視して立入厳禁の教室のガムテープを剥がして入っていってしまった。


 諦めて私も友人たちの後に続いた。一見今まで見た教室と変わりはない。なんとなくじっとりとした空気が教室全体から漂っている気がする。空気を入れ替えようと窓を開けると、春の爽やかな風が入り込んでくる。しかし風は教室に入った途端湿っぽくなっていった。

 ふと友人たちを見ると期待外れだと落胆していた。どうやら彼らは学校のヤバイ秘密が見つかるんじゃないかと期待していたようだ。


「出よう」


 言った瞬間――大きな影が私たちを包んだ。


 急に真っ暗になった教室に方々から叫び声が聞こえる。入口が見えない。明かりは――今開けたばかりの窓だけだ。

 私は窓から外に飛び出した。落ちる寸前に見えた手――柔らかそうな女性の手だ。無数の手が床から生えている。友人の一人が床に引きずり込まれていく。


 私は花壇に落下した。土がクッションになったおかげで命だけは助かったのだ。発見者によると相当ひどい怪我で、最初は死んでるかと思ったそうだ。


 その後、治療のために入院していた私のもとにたくさんの人がお見舞いに来てくれた。なんと一言も話したことがない人までやってきたのだ。これはちょっと嬉しかった。


 担任の先生がお見舞いに来たとき、私は思いきって尋ねてみた。今まで誰も口にしなかった、私と共に学校探検をしていた友人たちの行方を。


「そんな生徒はいないぞ。夢でも見ていたんじゃないか?」


 ああ、やはり……友人たちの存在そのものが消えていた。


 スキマ女に連れ去られると存在自体が抹消される――伝承は事実だった。

 

 回避方法は……  


 1.未使用の部屋に連続で入るな

 2.視線を感じたらその時点で退散しろ

 3.遭遇してしまったら何としても部屋の外に出ろ


 これで回避できるはずだよ。

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