からかい好きな幼馴染みの頬が染まる時
魚谷
第1章 幼馴染
――大寒波が近づく恐れがあり、今年の冬は例年に比べ寒さが一層厳しいシーズンになる予報です。通勤、通学をされる方々はしっかりとした防寒対策をお忘れ無く。続いて、本日のトピックです……。
スマホから流れる天気予報チャンネルの女性キャスターの声を聞きながら、こたつにもぐりこんでいた俺はため息を漏らしてしまう。
「マジかよ、ただでさえ寒さは苦手だってのに……」
その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。
スマホで時刻を確認すると、午後九時を回っている。
こんな時刻に誰だよ――と普通なら思うだおるが、訪問者の正体は想像つく。
こたつから抜け出した俺は首をすくめながら、玄関の扉を開けた。
ピーコート姿の少女が足踏みをしながら立っていた。コートの裾から伸びた、伸びやかな生足が余計、寒々しい。
「正樹、避難させてっ!」
「入れよ」
「うぅ~、悪いわねっ。これ、貸しでいいからっ」
「貸しって……。毎週のように来といて今さらだろ」
「おでん、お土産に持って来たんだから文句言わないでよぉ~」
「ありがとうございます、紗矢様」
「うむ、というわけで、しばらく過ごさせてもらうぞ、正樹クン」
そんな一連のやりとりをしながら、部屋に招く。
本人曰く、ポニーテールがチャームポイントらしい少女は、
俺、星野正樹とは、幼稚園からの付き合いで、今は同じ高校に通う、クラスメートでもあった。
「うぅ~、さむ、さむ、さむぅ~」
コートを脱いだ紗矢は、こたつにダイブする。
「はあぁぁ。やばかったぁ~。セーフ、セーフ。やっぱ、持つべき者は一人暮らしのクラスメートだねぇ~」
テーブルにぐでっと顔を押しつけ、紗矢は人心地ついたような声を出す。
このアパートは親が経営していて、空いている部屋を俺の部屋代わりにしているのだ。
アパート経営と言うと羨ましがられるが、なんてことはない。
築年数三十年を越えるボロで、住人がいる部屋より空き部屋のほうが多いのが現状。
ちなみに両親はここから五分ほどの場所にある戸建てで生活していた。
「コーヒーでいいよな」
「さんきゅ♪」
紗矢の好みは砂糖2本に、ミルク入り。
紗矢はコンビニのバイト帰りに、うちに寄っていた。
「おぉ~、あった、あった♪」
手元にマンガを引き寄せた紗矢はうつぶせに根っころがる。
俺はイヤホンをして、スマホゲームをする。
別に一緒にいるからと言って、必ずしも二人でなにかをするわけでもない。
と、袖を引かれる感触に、イヤホンを取る。
「どした?」
「ねー。暇だから、ゲームでもしよっ♪」
「暇って……マンガは?」
「読み終わっちゃった」
「じゃあ、適当にやっていいぞ」
「テレビゲームじゃなくって、あたしと正樹でやる恒例のゲームっ♪」
「……嫌だ」
「え~、なんでよ~♪ やろうよ、きっと楽しいから♪」
「ぜんぜん楽しくない。楽しかったことなんて一度もない。お前の提案するゲームをやるたび、俺がどれだけコケにされてるか……」
紗矢の提案するゲームは、楽しいのは本人ばかり。
こいつがゲームに興じるのは主眼は、いかに俺を弄ぶか、にあるのは明らか。
「じゃあ、商品をつけてあげる。もしあたりに勝てたら、このおでんをぜんぶプレゼント! ……どう?」
「いや、それ手土産だったはずだろ!?」
「やるの、やらないの、どっちなの~?」
「やるよ。……どうせ意地でもやらせるつもりだろうし」
「うむうむ、理解が早くて助かる♪ ――で、ゲームの内容だけど、連想ゲームね。あたしがあるものを連想するから、『はい』か『いいえ』で答えられる質問を5個するの。それであたしが何を連想したかを当てる。ね、単純でしょ?」
「まあ、そうだな……」
頭をフル回転させ、紗矢が何か企んでいないかを懸命に考える。
「待て。俺からも条件をつけさせてもらう。その連想するものについて、この部屋にあるもの限定にしてくれ。わけのわからん突飛なものとか、女子にしか分からないもんを連想されても困るし。それから、このメモ帳に答えを書いてここに伏せて置くんだ。正解を変更しないように」
「お~、正樹にしては考えたわねっ♪」
「にしては、は余計だ。……フフ、俺だって、いつまでもお前の手の平で転がされてばっかりじゃないんだぜっ」
「それじゃ早速、はじめよ♪」
「よーし。まずは……それは、生き物?」
「いーえっ。――ね、生き物なんてこの部屋にいたっけ?」
「俺か、紗矢の可能性を消したんだ」
「はは~ん、なるほど。じゃあ、次の質問」
「それは日常的によく使うもの?」
「はーい」
生き物ではない物で、日常的に使用する。
俺はぐるりと部屋を見回す。少なくとも物珍しいものなんてない。
どれもこれもありふれた日用品だ。
残りの質問回数は三回。もっと絞る必要があるな。
「それは学校で使うもの?」
「いーえっ。あと、質問回数は二回よんっ♪」
紗矢は右手でピースサインを作りながら、ニヤニヤする。
「それは、今、紗矢の視界に入ってるか?」
「いいえっ! ――残り一回~っ♪」
学校で使わず、視界に入ってない。となると、紗矢の後ろにあるのは台所――台所用品ってことか? いや、そんな単純なものを答えに選ぶはずがない。
「!」
そうだ。分かった。
俺はテーブルに置かれた袋を見る。中身はおでん。でも袋に入っているせいで、おでんが見えていない。つまり、紗矢は間違ったことは言っていない。
よし、最後の質問は決まった!
「それは食べ物ですか!?」
「いいえ」
「な、なん、だと……」
「はーい、終了~。じゃ、答えて。やたらと最後の質問に力がこもってたみたいだけど……ああ、なるほど。おでんって予想したわけ、か。確かに袋に入っているから、見えていない。正樹にしては、頭をひねったみたいじゃん♪ ――はい、答えてっ♪」
「ぜんぜん、わからねえ……」
「しょうがないなぁ。じゃあ、泣きの一回。もう一度だけ質問させてあげる♪」
「……いいのか?」
「だって、今のままじゃ到底あたりっこないし」
「絶対にあててやるぜっ。――それは、今、紗矢が持ってたり、身につけたりするものですか?」
「イエース」
「答えはコートだ!」
「一気に言ったわね。でも、ブブー。ふせいかーいっ♪」
「く、くそっ!」
「でも今の質問、いい線いってた♪」
「マジ? 正解は?」
「正解は,パンツでした~♪」
「ぶほっ!」
「ちょっと! コーヒーを拭かないでよ、汚いなぁ」
「な、なんて問題にしてんだ……っ! ていうか、この部屋にあるものって言ったはずだぞ……」
「あ~、やらしーんだっ♪ 誰も男物か女物か指定してないのになぁ~。ああ、そっかそっか。むっつりな正樹クンはなるほど~、女物のパンツを想像したってわけだぁ♪ 自分のパンツくらいあるでしょ?」
「うううう……」
紗矢はニヤニヤと、俺を見る。
「あははは! なあに、そのうめき声っ。グーの音もでないって感じ? はぁ~あ、楽しかったっ♪ じゃあ、そろそろ帰るね。コーヒー、ごちそうさまっ」
「俺の番は!? 勝ち逃げかよっ!」
「えー。どーせ、変な下ネタで、あたしを辱めようって魂胆でしょ」
「んなわけあるかっ! お前じゃないんだぞ!?」
「はいはい。また遊んであげるからさ♪」
紗矢はクスクスと笑いながら、コートを羽織って玄関に行く。
「ったく……。おい、おでん、忘れてるぞ」
「楽しませてもらったし、それ、あげる♪ あんた好みに、はんぺんをたくさん入れてあげたんだから感謝しなさいよ」
「マジ? サンキュ!」
「はんぺんでそこまで機嫌が直るって小学生じゃないんだからさぁ……」
「う、うるさいな。……送る」
「いいよ。馴れた道だし」
「駄目だ。何かあったら、おじさんとおばさんに顔向けできないだろ」
「送り狼は勘弁なんだけど?」
「なるかっ」
「失礼ねー。これでもあたし、男子の人気、あるんですけど~」
「知ってるよ。同じクラスなんだから」
ついでに言えば、紗矢はノリがいいから女子人気も高い。
外に出ると、首をすくめた。寒すぎっ。
「うう、寒すぎっ。なんかここ数日の間で、一気に寒さが厳しくなったみたいじゃない?」
「……寒波が近づいてるみたいだしなぁ。今年は例年より寒さが厳しくなるらしいし」
「はあ? なにそれ。これ以上、寒くなるとかヤバ……」
俺は自転車を引っ張り出し、サドルの冷たさにびくっとしながら、またがった
紗矢と並んで、自転車を漕ぐ。
俺が呼吸をするたび、白い息がからみあいながら空へ昇っていく。
もう十一時近いせいか、住宅街はしんっと静まりかえって、青白い月明かりが夜道を照らしていた。
俺のアパートから紗矢の家まで、二十分ほどの距離だ。
「あ、そう言えば、聞いた? 景、彼女が出来たらしいよ」
「片岡が? 知らなかった……。相手は? うちのクラス?」
「噂だと、一年生みたい」
「一年生? マジかー……すげえ。あいつ帰宅部なのに、どこで一年と知り合ったんだろ。バイト先かな……」
「さあ。でも、やるよね。――んで、あんたのほうは、誰か付き合ってんの?」
「……フッ、内緒だ」
「なあに、格好つけてんのよ。童貞のくせに」
「お、お前、どんだけデリカシーないんだよっ!」
「あははは!」
「笑い事じゃないからっ。だ、第一、童貞かどうかは分からないだろっ。お前に隠れて、もうすでに卒業してる可能性が――」
「ほぼ毎週のように家にいってるけど、女っ気のあるような部屋には見えないわよー?」
「……ああ、そうだよ! 俺は童貞だっ! 誰とも付き合ったこともないし……悪いかっ!」
「ちょっと住宅街でなに、大声で告白してんのよ、ヤバ過ぎ! あはははっ♪」
そして、俺たちは紗矢の家のあるマンション前に到着する。
「ありがと」
「おう。じゃあ、また明日」
「童貞クン、また明日―――――――――――♪」
「っ!?」
紗矢の笑いまじりの声を背中で聞きながら、俺は猛然とペダルを漕いで家路についた。
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