その瞳に映るもの

猫又大統領

第1話

 あれから、私は別の生活を始めた。学校は廃校になったと聞いた。そして誰もあの時のことを語ろうとはしない。正確には政府が学校を中心に半径五キロを特別異常警戒地帯に指定した。

 あのとき突然、授業中に校内放送があった。 

「許してくれえええたのむうう」 

 校長の声だった。 先生たちは次々に放送室に急いで向かったが、誰一人帰ってこない。そのあと、野次馬のように大勢の生徒たちが向かった。私も後をついていく。

 放送室のある廊下は蛍光灯が切れていて、薄暗い中を進んだ。

「きゃああああああ」

「あああああああ」

 男女の悲鳴が次々に聞こえた

「逃げろあああ」

 その男子生徒の声をきっかけに、みんなが一斉にあちらこちらと逃げた。私も来た方向を生徒の波に逆らわず引き返した。その途中、将棋倒しが起こって女子生徒が踏まれていた。

「押さないで、踏んで捻挫したらどうするのっ」

 私はそう言いながら何とか体に触れないように足を探りながら床を踏んだが、後ろから押され、バランスを崩し、頭に向かいそうな右足を、なんとか踏ん張った。

「もう少しで頭踏むところだったじゃない」

 私の足は床に横になっている動かない女子生徒の長い黒髪を踏んだ。

 窓からは大勢の生徒が校庭に集まっているのが分かった。私は校庭の見える理科室へ急いだ。

 理科室のドアを開けるとそこには、黒いマントを羽織、艶のよい紫の長い髪の女性がいた。

「待った?お姉ちゃん」

「ちょうどよ。校長先生を指導してスッキリしたわ。それより予定通り校庭に集ようね」

「ここまで頑張って準備したもん。緊急事態のときは校庭に集まるように提案したの私だよ」

「頑張ったね。偉い偉い、アイツら見て、私たちが書いた魔法陣の近くに集まってるわ。完璧ね」

「復讐だよね。これでいんだよね。お姉ちゃん」

「ごめんね巻き込みたくなかったわ」

「いいの。姉妹じゃん 唯一の肉親だよ。もういないよ。優しいひとは。誰もいない」

「そう。そうよね。早速始めるね」

 それから、姉は短剣を手に持ち、召喚の儀式を始めた。

「こちらを覗くあなたよ! 私の願いに応えたまえ。私の血を、魂を、今使い、道を開きます。君よ君臨されたし!」

 姉はそういうと赤黒く光る短剣で胸を貫いた。その瞬間、校庭の魔法陣が赤く染まり赤黒い霧があたりを包む。

 そして、校庭からは悲鳴が響くが次第に悲鳴は消えた。少しの音もない。

 短剣が刺さった姉の瞳には校庭の真っ赤な炎と赤黒い大きな怪物が映っていた。

 霧が消えていくと、姉も短剣を残し、消えていた。


 あの混乱の中、遠く離れた町で私は別人として暮らしている。短剣に血を吸わせながらひっそりと。

「すみません。お花下さい」

 スーツ姿の黒い紙袋を持った女性が呼ぶ。

「あっはい。おまたせしました。どのようなお花をお探しですか?」

「このお店にある。ありったけの縁起の悪い花を全部下さい」

 女はそう言うと、紙袋から短剣を出し、私を突いた。熱い、刺されたことより、焼かれるほどの熱さを感じる。

「あんな大事件を起こしておいてバレないと思っているのか?逃げて幸せになれるって?」

「あっついいいい」

「お前ら姉妹に殺された奴らはもっと辛かったろうよ」

 不思議と熱さに少し慣れてきた。

「あんたいったいなに」

「もう熱くないのか? やっぱり化け物の橋渡し役も化け物か」

「私はあの学校の遺族会が雇った化け物退治屋だよ」

「お姉ちゃん! たすけえてよおお」

「泣くな。ここで終わりだ。姉はあっちの世界にいったろ。お前は地獄で詫び続けろよ」

 そう言いながら女は私の腹を刺した。

「いあああしにたくなああいいよおお」

 私の血が床に広がっていく。意識が消えていく。

「妹にはもう少し優しくして頂戴」

 姉の声が。懐かしい。いつもそばで聞いていたその声が聞こえたような気がした。

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