第37話 いまさら止めてと言ってももう遅い!!
太陽が山の向こうへと沈んでいく。
昼は厳しいが、夜になると猫のように甘えてくる、同じ職場の恋人の上司みたいだ。
昼間は、こちらを見るなとあれだけ強く拒否って来たくせに、夜の
夕日へと飛んでいく鳥は、構え構え、と言わんばかりに手をバタつかせている。
そして空に浮かんでいる雲が、社内恋愛がバレていないと思っている二人を見る会社員のように、これは見れいられないと、頬を赤く染めている。
「次は〜…」
バスの中でアナウンスが入り、次の停留所を無機質に伝えてくる。
「お~い、彩おきろ~。そろそろ着くぞ」
「う~むにゃ」
俺の肩を枕にして眠っている彩の肩をゆすぶる。しかし、なかなか起きる気配がない。いや、気がない。
むにゃ、なんていうあざとい声をあげる彩の口がさっきから痙攣している。笑いを堪えようとしているのが丸わかりだ。
ふ~ん。ほ~う。いい度胸だな?彩。
俺は眠っている彩の頭を動かないようにがっちりと固定した後、ゆっくりと顔を彩の耳に近づける。
「はぇ?」
なにか、異変を感じた彩がパッチリと目を開ける。いまさら、やめてと言ってももう遅い!ゆっくりと顔を近づけ、そのまま耳に息を吹きかけた。
「みゃあ! ひぃぃ!」
彩は思った以上の反応を示し、椅子から飛び上がる。
「ハハハハハハッ!フッフッフッ!ンフフフ…」
笑いを我慢しようとずるが、風船が破裂したように笑いが漏れてしまう。しかし、ここはバスの中だと思い出し堪えるがなかなかうまくいかない。
「ン~~~~~~っ」
俺が笑っていることに気付いた彩が、声にならない怒りをこちらに向けてくる。
ざまあああ~
そんな彩を見て、にやにやしていると、
「発情しているところすみませんが、もうバス停につく頃です。早く準備を済ませてください。」
百合草の液体窒素よりも冷たい声が俺たちの間に流し込まれる。はっと、周りの風景を見ると、ホテル周辺であることに気付き、急いで降りる準備をする。
直ぐにバスが停留場にとまり、席から立ってもいいという車掌さんのアナウンスが流れた。
そして俺も椅子を立ち上がり、バスの先頭へと歩いていく
「あなたは、桜さんに対しては距離が近いのですね」
「はあ?いきなりなんだよ」
「言葉通りの意味ですが?随分気を許しているようで」
いきなり質問し、面白くなさそうな顔をしている百合草に疑問を覚える。不機嫌であることは一目瞭然だ。
その顔を見てハッとする。どこか既視感を覚えるその顔。
あ~わかるぞ、その気持ち。
男女混合の部活などでよく起こる現象だ。別に好きでもなんでもない女子が他の男子にボディタッチをしているのを見てもやもやっとする現象
俺はそれを「べ、別に、気にしてないんだからね現象」と呼んでいる。
きっとナチュラルにいちゃつく彼らは周りにもやもやを振りまいていることに気付いていない。その事実もまた、俺らに劣等感というスパイスを与えるのだ。
「なんですか?その目は?それよりも早く降りてくれませんか?」
分かる
確かに、最近彩との距離感が近すぎたのかも知れない。何かが氷解するようなすがすがしい気持ちになる。
あまり近すぎると今度はもやもやが明確な殺意へと変化するので、これから気を付けようと心の隅にとどめておく。
「ああ、すまんな。これからは気を付けるよ」
ちなみに話は変わるのだが、亮を少しづつマインドコントロールして、距離感を縮めたのにも関わらず、誰かの一声で洗脳を解かれてしまい、おおいに荒れ狂った人がいる話を聞いたとか聞かなかったとか…
§
ホテルに到着して、ロビーの中に入ると、昼前に分かれた山本
何やら、大吾がずいぶん深刻そうな顔をしているので、ついに
「うっす…何やら随分落ち込んでいるようで」
「小鳥遊か…無事に帰ってこれたようでなによりだ…」
此方に気付いた皐月が話しかけてくる。しかし、当の山本は未だ落ち込んでいるままで俺に気付く様子がない。
「ねね、山本どうしたの?振られたん?」
9割9分9厘そうであると確信していたが、万が一間違っていてはいけないと思いまずは皐月に話かける。
「いや…それより、もっと酷いかもしれないな」
まさか、ねとr
「麻衣が姿を消してしまったんだ。はぐれてしまった可能性を考えて、ホテルのロビーで待っているのだが…」
あー成程ね……はいはい。うん…
それは、まずいな…というか坂下もターゲットだったんかい…
ホテルのロビーに掛けられている時計をちらりと見てみるが、学校が指定した集合時間はもうすでにすぎている。俺らの到着ですら、ものすごくギリギリだったのだ。
これは十中八九失踪と見做していいだろう。しかし、その失踪の仕方が重要だ。
「ちなみに、どんなふうに姿を消したんだ?」
「確か…電車で移動するために駅に入ったんだ。そこで麻衣がお手洗いに向かってな。そこから一向に帰ってこないから様子をみにいったのだが…」
「いなかったという訳か…先生に報告はしたのか?」
「ああ、したのだが…今日だけでも同じ生徒が何人も出ているらしくてな。先生たちはてんてこまいだ」
てんてこまいって…言い回しが可愛いな。
「英梨ちゃんのグループの人もいなくなったのですか」
「ああ、ということは葵のグループもか…」
俺が、皐月の言い回しにときめいていると今度は百合草と遅れてやってきた皐月が話し始める。その百合草はなぜか満身創痍で疲れ切っていた。
俺が皐月と話している間に一体何があった。
百合草と一緒にこちらにやってきた彩はなぜか両頬につねられた跡があった。赤く腫れて降り、処女雪のように白くもちもちした顔ではいささか目立っている。
「あまりにも多くの生徒が姿を消しているね。例年、一定数の生徒が行方をくらませて、自分勝手な行動をすると聞いていたのだが、今年は多すぎる。」
思わず、その頬を手で触れてしまいそうになるが、百合草の言葉が脳に蘇りすんでのところで止める。
そして、その止められた俺の手を見た彩は忌々しそうに顔をしかめる。まるで、計画を邪魔されたような表情だ。
あまり負の感情を外に出さない彩にしては珍しい。
「そうだな………その頬っぺたはどうしたんだ?」
一瞬、聞くかどうか迷ったが、手を彩の頬に当てようとした手前、聞いてみることにした。
「ああ、これかい?これは、ボクに反抗する
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