第36話 垂れた桜が頬をくすぐり、猫が鳴く
少し早い昼食を摂ったためか、彩と他愛もない話をしていると、どんどん人が溢れてくるように感じられた。
ふと時計を見てみると、ちょうど時計の針が正午を指しており、人が湧きだしたことにも納得する。
このままでは、これから昼飯をとる人の迷惑になると思い、彩と休憩を出た後、ゆっくりとだが歩き始める。
しかし隣りで、歩きずらそうな彩を見て、つい声をかけてしまう。
「あまり歩くと足に良くないぞ…」
「ああ、それは理解しているさ。でもただ座っているだけじゃ勿体無いだろう?」
そうだよな〜流石に一日中一か所にとどまっていてもつまらないし、飽きるな。彩を見てみても、少しくらいは歩くことができるようだ。
でも、そこまで歩くことが出来るわけでもない。あまり、過保護になっても鬱陶しいだけだな。
「じゃあ、少し歩けるようだし、ここに行ってみるか?」
俺は休憩所に無造作に置かれていたパンフレットを取りだし、よさげな場所をピックアップする。
「ここは山の展望台かい?…随分と街から離れているね…」
「ああ、そのかわり景色もいいし、頂上までバスが運行してる。ここでぼーっと過ごすよりはいいんじゃないか?」
彩も他に候補がなかったためか、即決で行く場所が決まった。ここは、平野の端っこに位置しているため、平野の中心からは大分時間がかかるだろう。
しかし、他の観光地はどうしても歩かなければいけないし、なにより混雑した場所を歩かせれば、最悪症状が悪化しかねない。
場所を選ぶとしたら及第点ではないだろうか?
そこから、電車とバスを乗り継ぎ、1時間強で目的地に辿り着く。
「あまり、人は来ていないようだね」
「そうだな〜景色は綺麗だけど、ここまで来るには時間がかかるし、あたりには何もない。だから、ここを回るようなルートを選びにくいんだろう」
実際、チラホラ見えるのは、年齢が比較的高い、老夫婦でカップルなど若い世代の人は俺たちだけのようだった。展望台の上のベンチに座り景色を眺める
長い年月をかけて作られた、外的営力の賜物である
流石神様が作った梯子と言われるだけある。緑と白と青がいい感じに混ざり合い、穏やかな昼下がりを奏でている。
そんな、心落ち着かせることが出来るひと時、まるで口から零れたようにぽつりと彩が声を漏らす。それに対し、俺も脳死で返答する。
「景色、綺麗だね…」
「そうだな」
あたりは、草原のように切り開けており風がサーと俺たちの間を駆け抜け、彩の髪を揺らす。肩の少し上くらいまでの長さの髪が、枝垂れ桜のようにゆらりゆらりと揺れては、止まる。
そしてその揺れる髪が邪魔だったのだろう。薄いピンク色の髪を耳にかけた。
今まで下向きに流れていた髪が、一部横に流れることによって髪全体から単調さが消え、なおかつ今まで隠れていた耳が現れ、目が惹きつけられる。
「そこまで、凝視されると、流石に恥ずかしいね」
見ていたのがバレたらしい。少し居心地が悪そうな表情を浮かべこちらを見てくる。
「君は、ボクの髪の毛が大層気に入ってるようじゃないか…毎回、視線を向けているようだしね」
「それは…あるかもしれない…」
手櫛されさらさらと流れる髪に釘付けになりながらそう返すと、
「どうだい、触ってみるかい?ボクの髪を」
いきなり、俺の肩に寄りかかってきて甘えるように頭をこちら側に向けて来る。そして、彩は俺の手を握って髪の毛の上に乗せた。
やはりと言うか、予想通りというべきか…とてもサラサラしていて撫でる手も気持ちがいい。それになんかフワフワと現実離れしたような感覚に陥る。
「さあ、もっとなでてくれたまえ…」
撫でていると、とまるで猫のように、手のひらに頭を擦り付けてくる。何故かこのとき、頭を撫でるという選択肢しかなかった。
「なんで、彩が命令するんだよ…気持ちいいか?」
「ああ…」
どのくらいの時間、彩の髪を撫でていただろうか。そんな都市の喧騒から離れてゆったりと時間を過ごしていた。しかし、物事には終わりがあるようで…
「え!?」
驚いたような、それでいて聞いたことのあるような声が聞こえてきた。
はっとして後ろを振り返得ると、
「チッ」
俺も百合草がここにいることに関して驚いていると、随分と近くから舌打ちが聞こえてきた。
§
「百合草か…なんで君がここにいるんだい?」
俺が疑問に思っていたことを俺が口に出す前に、彩が
ほら見ろ、百合草が固まっているじゃないか…
そんな百合草に対してさらに、急かそうとして圧をかけ始める彩。
「ほら早く答えたまえ」
「は、はい…」
固まっている百合草に容赦なく追い打ちをかける彩。百合草は完全に怯えているようだ。
俺は、彩の頭にポスッと手刀を打ち込む。
「おいおい、流石に圧を掛け過ぎだ、百合草が引いているじゃないか」
「う~~~、なんだい君も百合草の味方という訳かい?」
目の淵に涙をためながら、少しいじけたように、こちらを恨めしそうにする彩
「いや、そうとは言ってないだろう…」
とりあえず彩を落ち着かせ、百合草から話を聞く。
百合草は最初どこから話すかを迷っているようだったが、だんだんと自分の中で整理がついてきたのだろう。少しずつ話し始めた。しかし、まだ困惑しているらしく話が行ったり来たりしている。
「私は、
「いきなり、消えた?それは君がただハブられたと言う訳ではないのかい?」
「ち、ちがいます。本当にいきなり消えてしまったんです」
いや、これは彩がところどころ茶々を入れているからかもしれない。
あまり、要領の得ない百合草の話をまとめると、バスで隣に座っていた友達がいきなり姿を消してしまったと言うことらしい。その友達の名が
そういえば、百合草と一緒に行動していたという記憶がある。髪をツインテールにした子だったと記憶している。
大事なのはその友達が消えてしまった瞬間だ、バス停に止まっていた間ではなく、バスが走っている間に消えたらしい。
そこまで聞いて、ここでふと疑問が思い浮ぶ。なんでこいつ、こっちに来たんだ?
「そういえば、百合草はなんでこんな街から離れた場所に向かっていたんだ?この辺に何かあるっけ?」
「いえ、バスを乗り間違えてしまって…」
「そうなんだ?でもなんで、ここまで乗って来たんだ?ここは終点だぞ」
「それは、その……怖くて…動けないでいたら…いつのまにか」
終点まで来てしまっていたと…。
あまりにも不憫すぎて涙を禁じ得ない(笑)
いつもの、工業廃棄水のように垂れ流していく言葉の毒は、まるで国から指導を受けた翌日のような静けさを保っている。おそらく3日後にはまた
まあ、それは置いといて今は、顔を真っ青にして、いまだに小刻みに震えている百合草を休ませることを優先しよう。
「とりあえず、ホテルに戻って先生に報告しないといけないな、昨日も生徒が数名いなくなっていたって言っていたし」
「そうだね…あの先生がまじめに聞くとは思ないが、義務は果たすとしよう」
一言多いが彩も賛成していることだし、ホテルに帰ることにするか…
とりあえず、恐怖と申し訳なさで縮みこんでいる百合草を元気づけようと声をかける。
「百合草、そう落ち込むな…いきなり人が消えれば誰でも恐怖するし、対処することなんてできない」
「はい」
まるで猫を借りてきたように、おとなしい百合草にやはり憐憫よりも笑いの方が混みあがってくる。先生に怒られている最中に笑いそうになるのと同様の原理だ。
まあ、いきなり消えたというのならまだ大丈夫だろう
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