第34話 枕投げは修学旅行の必履修科目

修学旅行2日目、ホテルでぐっすりと休息をとった俺はすっきりとした朝を迎えることができた。


昨日あれだけ歩き回ったというのに、筋肉痛が発症していないことを考えれば、きっと昨日お風呂で行ったストレッチが効果を発揮しているとみていいだろう。


しかし、疲れで気絶するように寝てしまった俺は、修学旅行の醍醐味である夜のコイバナに参加できなかったのが残念で仕方ない。


山本の好きな相手をみんなの前で自白させたかったのだが…


「自白させられたよ…」

「……」

「昨日、皆で寄ってたかられて、自白させられたんだよ!!!!!」


横から、かすれた声が聞こえ、ふと横を向いてみると布団の中で足を抱えて、くるまりながらシクシクと泣いている生贄山本を発見した。


どうやら、もうすでに魔女裁判は行われていたようだった。哀れ山本。


山本の肩をぽんぽんとたたきながら慰める。


「まあ、あれだけ…分かり易い好意を全面に出していればな…」

「そんなに分かり易かったのか…俺は…」

「だって山本、俺が坂下と話すようになってから、関わり始めてきたじゃん。分かり易すぎ。」

「くっ!!」

「とりあえず、朝食、食べに行こ、嫌でも腹に積み込まないと本当に死にそうだ」


殺せ!!といわんばかりの山本を強制的に生存させ、布団から剥き出す。


そして俺は山本と音を立てないようにひっそりと出る。途中にあった携帯は電源を全て切っておいた。礼はいらない。


周りで寝ている奴は起こさないのかって?ハハハ、昨日、俺抜きで楽しい思いをしたやつにはそれなりの報復をしなければならない。


せいぜい寝過ごしてくれ。







§






「あれ……、山本と、大吾がいるのに霧島クンはいないの?」


朝食を食べ、今日の準備をしてからロビーに行くと霧島クンがいないではないか。


しかしその代わりに、山本 大吾やまもと だいご坂下 麻衣さかした まいが皐月と喋っている。珍しい組み合わせだな。


皐月と、坂下は別々のグループの旗印みたいなポジションであるがゆえに、あまりしゃべっているところを見たことがない。毒舌娘とギャルだもんな…


絶対混ぜるな危険だろ。


俺の挨拶のボケにいち早く気づいた坂下がさっそくツッコみをいれてくる。


「いや!!、山本と大吾ってどっちもダイゴっちの事だよね!!ウチはどこ行ったのさ?」

「え?ああ、ごめんごめん寝ぼけて、見えんかったわ」

「いやダイゴっちの隣にいたよね!?ナチュラルにいなかったことにしないで!」

「いや…なんかキラキラと輝いてたから、山本の頭が反射しているものだとばっかり…」

「いや、俺は坊主だから!ハゲじゃねえし!!」

「あはははは、お~ほんとだ、確かにダイゴっちの頭チクチク~」


そういうって坂下は山本の頭をなで始めた。まんざらでもなさそうな山本。良きかな良きかな。


とりあえず、話の方向を山本と坂下を絡める方向にもっていき、今日のノルマを達成する。お節介


グヘヘ、今のうちに交流を深めてくれ。おっと…


俺のスライムのようにネバネバした欲望が心から溢れそうになったので、出てこないように奥へ引っ込める。


そうしているうちに、2人でまたイチャイチャし始めたよ…


カップルっていつもそうですよね!!!周りの人のことなんだと思っていんですか!?


隙あらば、いちゃつくカップルについて呆れていると、今日も今日とていい匂いを巻き散らかしながらやってくる桜 彩さくら さや


「やあ、おはよう、君がぎりぎりとは珍しいね?」

「ああ、すまん。バカ達の相手をしてたら遅れそうになった。」

「??」


首をこてんとかしげてハテナマークを浮かべる彩。可愛い…


じゃなくて、遅れそうになったのは理由がある。

あいつら、今日の朝のこと対して報復して来やがったのだ。


開戦の合図は俺が投げた、枕だった。反省はしていない。


そして、朝だというのに枕投げ大会が勃起し、いや失礼、勃発し今に至る。昨日の夜できなかったテンプレを消化した俺は満足である。


「そうだ、霧島君なら、別のグループで回ることにしたらしいね。」

「ほえ~なるほど、じゃあその代わりにあいつらが入ったってわけか」

「ああ、その通りだ」


未だいちゃついている2人を見ながら、会話を続ける。あいつら…横でいたたまれなさそうな皐月にいい加減気付いてやれよ…


霧島クンがいないのは残念だが、まあ山本と坂下をみれればいいか…


それに最悪、今日いなくても問題ないし


「お?全員そろっているな?じゃあ行くぞ!!!」


その甘い空間に耐えきれなくなった皐月が、グループ全員がそろったことをいいことに、修学旅行2日目の宣言をした。


コイツ…本当に元気いいな…






§




バスを降りると、そこには新幹線の中から見えた山が眼前に広がっていた。


「おお~ここか~随分と早く着いたな…」

「ああ。実は、ここまで来るには電車を使うよりも、バスを使用した方が早いと判断したんだが、正しかったらしいな」


俺が予想以上に早く着いたことに驚いていると、隣で皐月が満足そうにフムフムと頷いている。


流石は計画を綿密に立てる皐月、もっている情報量が桁違いだ。


皐月監督、今回の出来が納得いくものであったようで何よりです。


「へえ、エリって旅行慣れしているんだ、意外~。っと、ここは、結構有名な神社なんだ。ウチも知ってる!」


よく神社の前に立てかけてある説明文を見ながらギャルがキャーキャー鳴く。


「そうだ、ここの神社は願い事を叶えてくれるらしい。それに頂上からの景色がきれいだと評判だからな、まあ少し歩くことになるが…」


あ~あ、せっかくの皐月の補足説明が鳴き声で掻き消えちゃったじゃん。


そんな、グダグダとした感じで登山を開始した俺たち一行。


俺たちは何千もの鳥居をくぐりながら、山の頂上を目指し歩いていく。鳥居一つ一つ潜るにしたがって、現世から切り離されていく感覚を覚える。


この世とあの世をつなげる結界の装置としても働く鳥居。だとすれば、半分ほど登った俺たちはこの世とあの世の境目という訳か…


「結構歩くんだね…正直舐めてたかも、ウチ…」

「そうだな…坂はなめらかなんだけど、だんだん辛くなってくるな。でも、小鳥遊は余裕そうだな?」

「そうか?俺も十分に疲れている、顔に出にくいってだけじゃないか?」


イチャイチャ組に意外な目つきで見られる。こいつらはずっと話し続けていたからな。話い疲れたってこともあるんだろう。俺は、砂糖を吐くのを我慢して疲れた。


まあ、隣にもっと酷そうなやつもいるが…


俺は皆から一歩下がり、小声で彩に問いかける。


「彩、お前靴擦れか?」

「え!?……あはは、すごいな君は…どうして気づいたんだい?」


図星だったようで、少しばかり驚く彩。視線があちらこちらに泳いでいる。


「靴が新しいし、さっきから歩き方がぎこちなかったぞ、ったくさっさと相談すればいいものを…」

「…すまないね、英梨が頑張って立ててくれた計画だから、悲しませたくなかったんだ。すまないが、黙ってくれないかい?」

「…まあそれはいいが…」


俺が、桜の言葉に難色を示している間に、そそくさと歩き始めてしまった。


これは経験則なんだが、このような無理を重ねる場合、必ずどこかでほころびが出る。


特に、今の彩のように、無理する理由を外部に依存させる場合は比較的すぐに…


だからここで引き止めなくても直ぐに、誰かに引き止められるだろう。そして、俺はその時また、彩に教えればいい。だから今は見送ろうかな…


身に持って体験することが一番、学習効率が高いしね


そしてさらに歩くこと数分、やっぱりそれは起こった。


「っつ!!」


声にならないものが発せられ、皆が彩に目を向ける。必死に声をあげることを我慢したようだが、努力むなしく漏れてしまったらしい。


真っ先に皐月が彩に駆け寄り安否を確認する。


「彩、どうした?」

「あはは、ごめんごめん。横切った虫にちょっと驚いただけさ、大丈夫。」


な訳あるか…ガッツリ足を捻っただろ。見てたぞ


「じゃあ、足を見せてみろ」

「……」


どうやら皐月もそのくらいお見通しだったらしい。


大丈夫、見せろ、大丈夫、見せろの押し問答がしばらく続いたが、皐月の有無を言わぬ感じに根負けした彩が渋々といった感じで見せる。


「これはひどいな…捻ったことだけじゃない。靴ズレもひどい、彩、なぜ私に言わなかった?」


当然の質問だろう。これだけひどい靴擦れは歩くたびに激痛が走っていたはずだ。それを黙って居た理由を聞くのは必然と言えた。


しかし、彩はその理由を話すことはできない。多分、気づいたのだろう。その理由を話してしまえば、きっと皐月を傷付けてしまうことになると。


だから、言うことができない。言葉に詰まってしまう。


だが、察しのいい皐月は…


「桜、まさか…」

「皐月、とりあえず彩が黙って居た理由を聞き出すのは後でいいだろう。こいつは意外と頑固なところがあるしな。今、話ないなら、きっと意地でも言わないぞ」


皐月が決定的な言葉を吐く前に会話に入り込む。修学旅行でそれをやられたら、雰囲気は台無しだ。


おまでも結構怪しいが。


「そう…だな。仕方ない。それでは私が彩とに引き返す。小鳥遊たちは、先に行ってくれ」

「皐月は運べるのか?なだらかとはいえ、ここから下り坂になる。少し危険だ。男である俺が運ぶよ」


彩も皐月にこの修学旅行を楽しんでもらいたいはず。だから、代わりに俺が引き受けることにした


それに今、彩と皐月が一緒になるのは流石にまずい。


「じゃあふもとで合流ということでいいか?」

「いや、お前らと下る方向が逆になる。ここでお別れだな。残念だが。」

「じゃあ、ふもとで合流を…」


皐月は意地でも俺らと合流したいらしい。彩に問い詰めたい気持ちもあるのだろう。俺はそんな皐月をなだめるように話し掛ける。


「彩はたぶん今日は歩けない。先生に会えれば応急処置をしてくれそうだが。運次第だな。だからあとはお前ら達だけで回ってこい。」

「いや、でも…一緒に見てまわ…」

「いや…きっと彩はそっちの方気に病むぞ?明日もまだあるんだ。一日くらい目をつぶってくれ」


ほれほれ、しっしと手で追い払う仕草をすると、皐月は目を閉じ深呼吸をすると、一言。


「そうだな、分かった…」

「その代わり、記念写真を送れよ?せっかくお荷物の俺らを置いてくるんだ、期待している。」


皐月はみんなと一緒に回りたかったのだろう。最後まで名残惜しそうにしていた。


皐月たちが再び上り始めたのを見送ってから、座り込んでいる彩に視線を向ける。


「さて、俺らもそろそろ下山するか…」

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