第26話 分かっていますね?
「ごめんなさい。ヒナタを疑うようなことを言いました。お詫びします」
頭を下げる先生に、ヒナタは慌てて「止めて下さい」と言った。
「謝らないで下さい。そう思うのも無理はありません。僕だって彼が来てくれるなんて、これっぽっちも思っていなかったんですから」
「そうですか……」
「彼は――タカテラスは、僕が渡した如雨露を返しに来たと言っていました」
「それは律儀な方ですね」
驚く先生を見て、ヒナタはクスッと笑う。
「先生が引き合わせてくれた縁かもしれません」
嵐を呼ぶばかりの如雨露を、必要なときに必要なだけの雨を降らせる道具に生まれ変わらせたのは、先生――アッシュという人物だった。彼はヒナタを濁流から助け、さらに「正しく如雨露を使ったらウーファイアとの契約が切れる」という魔法をかけてくれていたのである。
そして、タカテラスとの出会いがあったお陰で、ヒナタは自由の身を手に入れた。
しかし、だからといって安全な生活ができるようになったわけではない。相変わらず魔法使い狩りはあちこちに出没し、ひっそりと生活している魔法使いを狩っている。そして、魔法使いであるヒナタも例外ではない。
また、ウーファイア自身もヒナタを探していた。
如雨露は元々彼女のものである。使い手であるヒナタがウーファイアの元を去ったのはいいとしても、その如雨露だけは利用価値がある。そのため取り返そうと躍起になっているのだ。
それを心配したアッシュは、いくつかの非常時に備え、如雨露に色々な工夫を施した。魔法使い狩りに襲われたときは、如雨露が盾になってくれるような仕組みが備えてあったり、如雨露が奪われたとしてもヒナタの元に戻るような仕掛けがしてある。
そして、ヒナタが如雨露の位置を把握できていたのも、タカテラスが手に持っていてヒナタがいる場所を示したのも、アッシュが施した魔法の作用によるものだ。
しかし、そのような仕掛けがされていても、如雨露を持っていること自体に危険があることに変わりはない。
ヒナタもそれを分かっていたくせに、長い間タカテラスのところに如雨露を預けっぱなしにしていた。アッシュは何度も回収しなさい、と言っていたが、ヒナタは師の優しさに甘え、今日にいたるまで自らの意志で回収しに行こうとはしなかったのである。
「ウーファイアとの契約は、あなたが正しい使い方をしたのと同時に消滅しました。そのため、本来ならばヒナタは自由です。でも、この世界では魔法使い狩りはまだ健在で、魔法使いであるあなたはその対象になっています。もちろん、この家にいてくれる限りは、私はヒナタのことは守るつもりです。しかし、それも限度があります。私も随分と年を取りました。いつまで守り続けていられるか分からない。私の言っていること、分かりますね?」
ヒナタは頷いた。先生の言っていることはよく分かる。
魔法使い狩りであれば、ヒナタでも何とか対処することはできるが、ウーファイアとなるとそうはいかない。魔法使いの中で右に出る者はいないと言われるほどの、技術と能力、そして知識を持っているので、見つかって戦うことになったらヒナタでは太刀打ちできないとアッシュは言っているのだ。
そしてアッシュは、ヒナタが知る限り、唯一ウーファイアと互角に戦える魔法使いである。そのため、アッシュはヒナタを守ろうとしていた。しかし、それは彼一人のことだけで、タカテラスは含まれていない。アッシュの年齢を考えると、これからは衰えていくばかりで、先生に頼り続けてはいけないこともヒナタにはよく分かっていた。
ヒナタは一度ぎゅっと瞼を閉じ、「ごめんなさい」と謝った。
「それでも、僕は彼に傍にいて欲しいんです」
そういうとヒナタは目を開き、空色の瞳で師を見つめた。
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