第25話 恩師
夜が明け、朝日が窓から差し込む。厚手のカーテンをしていなかったので、その柔らかな光でヒナタは目を覚ました。隣には、タカテラスが規則正しい寝息をたてて眠っている。
「……」
ヒナタはベッドから下りると、キッチンの方へ行き、コップに水を汲んだ。昨夜、涙を沢山流したせいで喉が渇いていたため、一気に飲み干す。だが、一杯では足らず、もう一杯汲んで半分まで飲むとようやく落ち着いた。彼はほっと一息つくと、コップを手に窓辺に立った。
「……きれいだ」
不思議な感覚だった。同じ風景を毎日見ていたはずなのに、今日の窓の外はとても明るく、彩り豊かに見える。小鳥が朝の訪れを告げるように美しい声で鳴き、青々とした木々は太陽の光に照らされて淡く光っている。零れ日がきらきらとしていて、大地には柔らかな影を作っていた。
そんなことは今までも何度もあっただろうに、これまでヒナタの心には響かなかった。この変化は、タカテラスが傍にいるからだろうかと、彼は思った。
また、気持ちも穏やかで、健やかな感じがする。ヒナタは自分の胸に手を当て目を瞑ると、空に祈りを捧げた。
(今日のような日々が、一日でも長く続きますように……)
再び目を開いたときだった。窓の外に人影が見える。ヒナタは反射的に警戒をしたが、すぐにそれが不要であることに気がついた。薄茶色の髪に、裏葉色(黄緑に近い色)のマントを羽織った初老の男は、ヒナタを何度も助けてくれた人である。
彼はコップをテーブルに置き、一度タカテラスが眠っている部屋を見てから家を出る。すると家から少し離れたところに立ったその人は、柔和な笑みを浮かべ、ヒナタに挨拶をした。
「おはよう、ヒナタ」
ヒナタは彼に近づきながら、同じように挨拶した。
「おはようございます、アッシュ先生」
「朝早くにごめんね。起こしてしまった?」
「いいえ、今日は早く目が覚めただけですのでお気になさらず。それに先生のことですから、ここへいらっしゃるのではないかと思っていました」
そしてヒナタは振り返ると、その家を眺めた。
「この家は先生が僕の為に用意してくれた家です。魔法使い狩りに追われている僕を助けるための魔法が施されている。だから、昨日、僕以外の人間がここに入ったので警戒したのでしょう?」
そう言って先生の方を振り返ると、彼は柔らかな笑みのまま頷いた。
「ええ。でもすぐに、危害を加えるような人物ではないと分かったので、昨日中の訪問はしませんでした。ここへ来たのはあなたのご友人ですね?」
先生の問いに、ヒナタは困った顔をする。
「先生には何でもお見通しですね」
「ヒナタが分かり易いだけですよ」
「そうですか?」
「そうですよ」
先生は少しだけ表情を硬くし、ゆっくりとした口調で尋ねた。
「ヒナタ、もしや君はその人と共にこれから生きていくつもりですか?」
言い方は優しいが、その奥には先生としての厳しいものが潜んでいる。それはつまり、「ヒナタの友達――つまり、タカテラス—―がヒナタと共に生活することで、余計な争いに巻き込まれるかもしれない」ということを彼は言っているのだ。
「やっぱり先生には隠し事は難しいですね。何でも分かってしまう」
軽く笑うヒナタに、先生は悲しい顔をした。
「ヒナタ、茶化さないで下さい。これは簡単な推理ですよ。これまであなたの傍にいてくれるような人がいたかどうか考えてみれば、容易に分かることです。あなたは、自分を助けてくれた人のことをずっと思っていたじゃありませんか。そして思うだけでいいと言っていたのはあなたです。それがどうして、その友人と再会したのですか?」
やんわりとした言い方だが、問い詰めていると言ってもおかしくない内容である。ヒナタは、今の師である彼の瞳をじっと見ると、困ったように笑った。
「僕が、来てくれるように仕向けたわけじゃないですよ。彼から会いに来てくれたんです」
すると、先生は少し驚いた表情をした後、それを引っ込めて「そうでしたか」と呟いた。
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