第2話 「帰らぬ旅」のはじまり

 息子の結婚式からふた月後。


 タカテラスは家族と村人たちに別れを告げると、大きな街に向かって歩き出した。「帰らぬ旅」と言ったのは、そう簡単にヒナタと会えるとは思っていなかったからである。


 タカテラスが分かっているのは、彼の名が「ヒナタ」ということ。そして上等な藍色のマントを羽織っていたことから、お金持ちの家の子だったのではないかということくらいである。出会ってから既に22年の年月が過ぎている。タカテラスが老いたように、ヒナタも立派な大人になっていることだろう。


 姿は少年から青年と代わっているだろうし、名前と着ていたマント以外の情報はない。それにもかかわらず会えば分かると思っていたのは、タカテラスの手に如雨露があったからだ。


 ヒナタに貰った如雨露には、他では見たことが無い蓋があるし、何より装飾がとても美しい。きっと一点ものに違いない。


 そのためこれを見せれば、老いたタカテラスを見ても、ヒナタに分かってもらえるだろうと思った。


 タカテラスは一週間かけて、長い長い道のりを歩き、途中の小さな村で休憩させてもらいながら、自分の村から一番近くて大きな街の「フィリンガー」へ辿り着いた。


 フィリンガーへは、水脈や水不足の解消の方法を探すために、これまで十数回訪れている。そのためタカテラスは、ここがどういう場所なのかはよく分かっているつもりだ。要するに自分の村とは違い、様々な場所から色んな人たちが来ている大きな街なのでしっかりと警戒しなければいけない、ということである。


 特に、今タカテラスがいる場所は、街の中で最も人通りが多い出店がある通りだ。

 店がなければ閑散とした大きい通りなのだが、現在は食べ物屋、野菜屋、果物屋、生地屋、菓子屋、家具屋、木彫り屋、装飾屋……等々、数えきれないほどの露店が両脇に並んでいるため、道が窮屈である。当然そこに買い物客が集中しているので、行きかう人とは肩をぶつけて歩かなくてはいけないほどだ。


(聞き込みをしたいが……どうしたらいいだろう)


 タカテラスはりに気を付けつつ、ヒナタを探す方法を考えながら歩いていた。きょろきょろとあたりを見渡してしまうと、それこそ格好の餌食になってしまうので、慣れた雰囲気を醸し出しながら、さり気なくあたりを注意してそんなことを考える。


 この街に来たのは、「不思議な如雨露を持った人」という名目で聞けば、何かしら情報が手に入りやすいのではないかと考えたからだ。あの如雨露はどこかで売っているものだったのかもしれないし、作っているところがあるならそこへ行くという手もある。大きな街ならそういった情報が手に入りやすいだろう。

 確かに22年も前のことだと、買った人の顔やなんかは覚えていないかもしれない。しかしどういう人が買っていくのかとか、誰が必要としているのかが分かれば、少しはヒナタを探す手掛かりになるのではないかと思ったのである。


 また、噂を聞いたとして本当かどうかを見極めるのが難しいし、そもそもヒナタは「如雨露を使うときは、誰にも分からぬようにこっそりと行うように」とタカテラスに言っていた。それを考えると、「不思議な如雨露を持った人」について無闇やたらに聞き込みをするのは良くないように思える。


(何か良い方法はないものか……)


 噂話の信憑性は、あとから考えればいい。とにかく「不思議な如雨露」を持っている人の話を安全に聞けるところはないか――。

 そう思ったとき、ふとよい考えが浮かんだ。


(そうだ。まずはあそこへ行こう)


 彼は沢山の人たちが行きかう出店の通りを抜け、小高い丘にある石造りの建物が並ぶところへ向かった。

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