第3話 寝たフリと女子大生
部屋でゲームを遊んでいると、机に置いていたスマホが振動した。レインのメッセージを確認すると同じ大学生の同級生、カエデさん。
『カズキ君、昨日の講義の課題ってもう終わった?』
同じ講義になることが多くて、よく隣の席に座ってくる。高校でバスケ部に入っていたと話すカエデさんは、スレンダーな体型ながら身長も高くて可愛い。男子からの人気もあるようで、たまに俺を羨むような視線を授業中に感じる。
『終わったけど』
『それならちょっと教えて欲しいところがあるんだけど…』
最初は俺に興味があるんじゃないかと勘違いしそうになり、告白しそうになったがそこで踏みとどまったのは正解だった。俺はイケメンと言えるような顔ではない。どちらかといえばフツメン。
まあ、カエデさんは俺のことを同じ講義に出席している男友達だと思っているのだろう。こうして、わからない所を聞いてくるし。
「またねー、ばいばーい」
廊下から生意気な声が聞こえてきた。この声はメスガキだ。前回同様、玄関に靴が無かったから部屋でだらだらしていたのに。これは確信犯だ。
ここ、俺の部屋なんだけどあ。
本当に鍵をつけることを検討したほうがいいのかもしれない。
『ごめんいま磯がしい』
急いでカエデさんにレインのメッセージを送る。誤字もあるが意味は伝わるはずだ。テレビの電源を落として机に突っ伏す。よし、これで完璧。俺は今寝ている。今日も寝たフリで撃退してやる。
ドアを開けてかかって来いよ! へへへ、メスガキにはもう用はねぇ…。
…あ、いや。これだといやらしく聞こえるか。
残念だったな、寝ているよ! よし、これだな!
「おにーさん♡ あれ? さっきまでゲームの音がしてたから、起きてると思ったのに…」
あっぶねえ!
どうでもいいボケをしている場合じゃなかった。ゲームの音が聞こえていたのか。そりゃあそうだよな、カナの部屋は隣だし。部屋の中を歩く音が聞こえてくる。今日も俺は寝ているんだ。飽きたらさっさと家に帰れ。
「はあ、もう帰ろ…「〜♪」…あっ」
そうだ早く帰ってしまえ。心の中で悪態をついていると、突然、スマホが振動した。
『磯浜かあ。私、行ったことないんだよね。夏季休暇になったら一緒に行ってみる?』
この時は知らなかったのだが、俺が送ったレインの誤字にカエデさんがそんなボケを返してきただけだった。メスガキがそんな油断を見逃すはずもなく、俺のスマホをひょいっと奪われた。抵抗すると起きているとバレてしまう。
「おにーさんって友達いたんだ。いつも一人だからぼっちだと思ってた。これ、返して欲しいなら早く起きなよ。おにーさんっ♡」
ほんと生意気なメスガキだな。友達くらいいる…なんて言っても、カエデさんを入れても数人程度だが。メスガキはスマホを操作すると、慌てたように俺を揺らし始めた。
「え…これって…。ねえ、お兄さん! この人誰ですか!? まままさか彼女さんっ…だったり…。カナちゃんは居ないって言ってたのに! ねえ、答えてください!」
頭がグラグラと揺らされている上に、メスガキの声が震えていてよく聞き取れない。しばらくするとメスガキの気分が落ち着いたのか揺らすのをやめてくれた。机に何かが乗る音が聞こえる。同時に温かい何かが顔に近づいた。
「…ふうん、起きないんだ。それなら私にも考えがあるもんね」
パシャッ!
ん、今スマホのシャッター音が…
「起きてるのは知ってるんだから。おにーさんがその気なら…この写真、彼女さんに送っちゃおうかなぁ? これを送ったら嫌われちゃうかもよ?」
おいおい、まさか変な写真を撮ったんじゃないだろうな!
「ほらほら、早く起きなよー。人生、終わっちゃうかもよ?」
耳元で囁かれるが、まだ慌てる時間じゃない。メスガキは俺に指一本触れていない。人生が終わるような恥ずかしい写真は撮られていない…はず。いや待て。
さっき顔に近づいた温かい何かって何だったんだ?
もしかしてメスガキの…ッ!
「…あ、送っちゃった」
慌てて起き上がろうとしたら、メスガキがきょとんとした声で呟いた。
え、あ、マジ…俺、終わった…?
「…全然起きない。つまんないの」
メスガキがつまんないだけで、俺の人生が終わったのか。送った相手はカエデさんだよな。明日も講義で会うことになるのに。俺はどんな顔をして出席すればいいんだ。
「…はあ、帰ろ」
メスガキが去った後、俺はしばらく何もやる気が起きず突っ伏した。恐る恐るメッセージを見ると、知らない連絡先に画像が送られていた。
「とーかって誰だ? あ、メスガキのアイコンだ…」
一応、俺の大学生活は無事だった。人生はまだ終わっていないらしい。それでもメスガキに弱みを握られたのは間違いない。どんな危ない写真を撮って送ったのか見てみるとそ、俺の寝顔の写真だった。
人生が終わるような写真じゃないじゃねえか!
それともあれか?
あのメスガキ、俺の寝顔がキモいとでも言いたかったのか?
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