盲猫
猫を見つけた。
大学からの帰り道、雨の降りしきる都会の片隅の高架下にて、その猫はまるで大事に隠されていたかのように、そこに居た。僕は周囲を見回したが、この猫を捨てたであろう人間はおろか、辺りに人気は全く見えなかった。ただ時折、こちらのことなど見向きもしてないであろう車が、車道に溜まった水溜りを蹴散らしながら虚しく通り過ぎていった。
僕は暫く考えたのち、この猫を自宅へ連れて帰ることにした。僕の家は大学入学に際して親戚から間借りしたもので、今は僕一人しかそこには住んでいなかった。その為、恐らく家に連れ帰っても誰にも文句は言われないだろうと僕は踏んだからだ。
僕はそのまま、猫を腕に抱えて帰路につくことにした。
やがて家に着いた。玄関のドアを開けると、猫はするりと僕の腕から抜けだして、家主を無視して勝手に奥へと進んでいった。
すると、猫の通った道には泥か汚れかで出来た綺麗な猫の足跡が作られていった。捨てられていたのだ。先程までは気にしていなかったが、この猫は汚れていて当然だった。僕は急いで靴を脱ぐと、廊下を我が物顔で闊歩する猫を無理矢理持ち上げた。猫からの多少の抵抗を受けつつも、僕は迅速に猫を風呂場へと監禁した。そうしてそのまま自分の服が濡れることも厭わず、この泥にまみれた毛玉を洗い始めた。最初は猫も必死に脱出を試みていたが、やがて諦めたのか、ピクリとも動かず僕にされるがまま、全身を清潔にされていった。
シャワーが終わると、僕は猫を解放した。猫の体からは水滴が滴り落ち、猫が歩くたびに周囲に水しぶきがまき散らされた。僕は素早く風呂場の扉を開いて外に出ると、猫が出てくるよりも先に急いで扉を閉めた。
一仕事を終えたような疲労感を感じながら脱衣所でタオルを用意していると、突然後ろでなにかがぶつかるような音がした。振り返っても何もない。この音は脱衣所からではないようだ。もしや、と思った僕は手早くタオルを用意すると、急いで風呂場への扉を開けた。そこには、例の猫が何もないところでふらついていた。最初は足元が濡れていて滑ったのか、と考えていたが、やがて僕は音の原因に気づいた。
この猫は全盲だった。
先ほどの音は盲目の猫が歩こうとして、壁か扉にぶつかった音だったのだ。実際、この猫は暫く観察していると、覚束ない足取りで歩き始めたかと思えば、壁の方へと躊躇なく進んでいき、ぶつかって転んでしまうという行為を繰り返した。放っておいたら、この猫はこれを繰り返すだろう。僕は急いで猫を抱えると、手にしたタオルで丁寧に体を拭いた。拭き終わると、僕はそのまま猫をリビングまで連れて行った。リビングには、朝に読んだままにしていた新聞紙が机の上に放置されていた。僕は猫を抱えたままその新聞紙を手に取ると、そのまま新聞紙で猫を静かに包んだ。
僕は猫を殺した。
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