Night Hawks 〜Full of traps編

AZCo

第1話

そろそろ3月に差しかかろうとしてる2月のある平日。両親の過干渉が嫌すぎて遂に某マンションに引越しをして4日目。そろそろ荷物もかなり片付いてきて、引越し祝いをするから呼べ呼べとうるさいバンドクルー達も呼べそうな感じだ。別に引越し祝いなんていらないのだが、でも確かに友人やバンドクルー達がもし引越したとしたら俺も同じ事を思うししただろうから、有難く祝われておこうと思った。

そう言えばもうすぐ俺の28歳の誕生日がやってくる。これもまたプレゼントと意気込んでいるコータを筆頭としたバンドクルー達。…瑞貴だけはそれについて何も言及していないしプレゼントとか期待しない方がいいんだろなぁ、烏滸がましいよなぁ、なんて事を考えながら片付けを進めていく。

夜になって晩飯を摂る為に適当に野菜炒めと玉子スープとチャーハンを作って食べていたら、着信音が響いたのでスマホを見たら、コータ。


「ん、コータだ。…もしもーし?」


『あ、もしもし?』


「おつかれ。」


『あのさ、今瑞貴と遊んでるんだけどさ。』


なんだと。俺も呼べよこのヤロー。思いながら返事をした。


「なんだよー、俺も呼べよそこに。んで?」


『瑞貴がね、類の家行きたいって言ってて。』


「へっ?」


そこでガタッ、と体勢を崩して動揺してしまった。な、何故瑞貴が俺の家に来たいなどと。常々音楽の事しか頭になくてたまにどこかへ遊びに行っても早々に帰り、翌日の仕事のために仕事の時以外夜更かしなど普段一切しない良い子の瑞貴だが、その真面目くんの瑞貴がなんでこんな時間からわざわざ俺の家に。ちょっとドキドキするじゃねぇか。


「けどもう19時半よ?今から来んの?」


『俺もそれ思って瑞貴に言ったんだけどさ、今じゃないと嫌だって駄々こねはじめて。』


「駄々って。なんでそんな来たいわけ?」


『わからん。電話瑞貴と代わる?』


「うん、ちょい代わって。」


『ちょっと待ってね。』


そこで瑞貴と電話を交代したのだが…。


『…もしもし。』


「!?」


えっ、なんだその声!?まずそこで驚いた。どんな声かと聞かれたら説明は出来ないのだが、なんだか異様に覇気がない。


「ど、どしたよ、声がなんか沈んでる気がするけど。なんかあっただろ。」


『…見抜かれた……。』


見抜かれたとか言ってるけどわかり易すぎるしそれぐらい俺でも見抜く。だから鼻で笑い飛ばした。


「へっ、それで隠してたつもりかよ。なんだなんだ、いきなり俺ん家来たいって、まじでなんかあったん?」


『なんか…?うーん、これと言って理由はないけど、強いて言うなら類に会いたい。』


「エッ。」


そんな事をこの鉄仮面瑞貴から言われて思わずドキッとしてしまったのだが、今までコータと遊んでたのにいきなりそこに居ない俺をご指名!?動揺を悟られないように平静を装った。


「それはいいけど、今もう19時半よ?」


『…かれこれ2週間くらい会ってないでしょ、今リリース時期でもないし新曲書いてるわけでもないから。』


「ま、まぁそうだけど。それにしたって2週間会わない事くらい今までもあっただろ。どしたよ…。」


『…わかんない。説明できない。』


…ふむ。何かはよく分からないが元気がないので元気を分けろ、というニュアンスなような気がする。そして瑞貴が落ち込んでいること自体が珍しいので、ならばと思い召喚する事にした。


「ふー、…わかった。じゃあ今から2人でおいで、ってまだ引越しの荷物完璧片付いたわけじゃないからちょっとゴチャッてるけど。」


『ありがとう、じゃあ今から行くね。多分20分以内に到着出来ると思う。…んじゃ。』


そこで電話は切られて、急いで残りの夕飯を平らげて片付けて、着替え…は面倒なのでもう部屋着のままでいいかと思い着替えずにおいてコータと瑞貴を待った。


予定通り20分程度経った頃。

キンコーン、とインターホンの音が部屋に鳴り響いて立ち上がり、スピーカーのボタンを押して出た。


「…はい。」


『来たよ。』


「はいよ、今開けるわ。」


そのまま玄関を開けて2人を呼ぼうとしたら、…あれ?瑞貴しかいない。


「あれ、コータは?」


「帰ったよ。俺が類に話があるんだろうと思ったみたいで、類によろしくねって。だから俺だけタクシーで来た。」


「そか。まぁいいや入んな?」


「ん。お邪魔します。」


言いながら静かに入ってきた瑞貴だが、さて。話し声の通りに顔が沈んでるなぁ…、一体何事だ?思いつつ瑞貴をテーブルに座らせてアイスコーヒーを出してやり。


「…で?何がありましたか。」


「なにもない。」


「なんだそれ、なんもないってこたないだろ。」


「ほんとに何もないんだ。…ただ、」


そこで言葉を止めた瑞貴が向かいに腰掛けた俺の目をじっと見つめてきて。


「…なんとなくメンタル不調?で。」


「うん。」


「…………。」


続きを言わず下を向いてしまった瑞貴だが、…なるほどメンタル不調。瑞貴がメンタル不調とはこれまた珍しい。いつもめちゃくちゃ自立した鋼のメンタルを持っていて弱さなどあまり見せない奴なのだが、本人的にハッキリ何かとは言いたくはないが何かがあったらしい。

瑞貴と出会ってかれこれ2年と半年ちょいくらい経つのだが、出会った当初はほとんど敵同士みたいな関係でバチバチに険悪な空気にもよくなったものだが、2年経って俺は28歳になろうとし、瑞貴は17歳になり、だんだんお互いの事が見えてそういう諍いもなくなって良き仕事仲間としての関係が築けていると思うし、こうやって時々弱みを晒してくれるようにはなってきた。瑞貴からすると俺は11歳年上のオジサンなので、話を聞いて欲しいとか相談に乗ってもらいたいとか、そういうのが打ち明けやすいのかもしれない。そしてオジサンて自分で言ってて悲しい。


「そっかー、メンタル不調かぁ。じゃあ気分転換にドライブでも行く?瑞貴未成年だから飲みには連れてってやれねぇけど。」


「そんな気分じゃない。」


「あらまぁ。学校でなんかあったとか?」


「何もないよ。つかほぼ行ってない高校で何かあるとすれば授業が眠いくらいだ。」


「はは、だよな。授業中眠いのめっちゃわかるわ。」


「………。」


また沈黙してしまった。これはなかなかの重症かもしれない。元気を分けるとかいう簡単な問題でもないのか。思って席を立って瑞貴の横まで移動して座り、顔を覗き込んだ。

…アルビノの色素の薄い髪の毛に、同じ色の長いまつ毛が淡い青の瞳に影を落としていて。


「んー、困ったねぇ、瑞貴の元気出ないと俺も元気出ないよ?」


「…単純に、」


「うん?」


「単純に寝不足なのもある。今朝朝方までピアノ触ってたから。」


「なんだよ、寝なさいよ夜はちゃんと。」


「うん、…なんかピアノ触ってでもいないと頭おかしくなりそうで。」


「…て事はそのメンタル不調は昨日からか。」


「うん。」


「…ふむ……。ちょっと待ってて、ホットコーヒー淹れてくるわ。温かいの飲んだ方がほっとするだろ。」


一旦席を立ってインスタントではあるがホットコーヒーを作って持ってきて瑞貴の前に置いた。それを手に取って一口飲んだ瑞貴が一言。


「…うわ不味い……。」


「うるせぇな文句言うな。おまえみたくいちいちお高いコーヒードリップしないの我が家は。」


「…でもありがとう。」


「どういたしまして。」


一応でもなんでもお礼を言われたのでそこは有難く受け取っておき、ニコ、と笑顔を見せたら、急に泣きそうな顔をしだして。

……え。えっ!?俺!?俺のせい!?

焦った俺は瑞貴の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「俺か?もしかして俺のせいでそんな顔してる?」


「違うよ。…ただ、ちょっと色々…、」


…ふむ、話し出すまでもうちょっとか。思って無理に聞き出そうとはせずにただ横に座って頬杖をつき正面を見ていた。時計の針の音だけが静かな空間に流れていく。…何分くらい経過しただろうか、横にいる瑞貴がやっと口を開いて。


「…聞かないの?」


「ん?…何を?」


「俺がこんな事になってる理由…。もっとグイグイ聞かれるかと思ってた。」


遠慮がちにそんな事を言うので少し笑ってみせた。多分コイツは聞いて欲しいのだ。だからこんな事を言っていて、俺が聞き出すのを待っているのだろう。


「…本人に話す気がない、もしくは話す事を躊躇っているのに無理をして聞き出そうとは思わないし思えないだろ。俺が出来んのは瑞貴が話し出すのを待つだけだ。少なくとも瑞貴は今話し出すタイミング窺ってるんだろうし、それなら俺は待つだけだよ。話すか話さないかは瑞貴の自由だし、それによって俺の行動も変わると思うけど?…それとも聞いた方がいい?」


「…や……、その、」


「うん、…無理はすんなよ?話せるタイミングで話せばいいんだから。」


「ーーーそういうとこ類は優しいよね…。」


「…!?」


そう一言ポツリと呟いた瑞貴が横から突然俺の肩に頭を乗せて来て、さすがの俺も驚いて固まってしまった。

そこまで!?そんな弱ってんの!?

メンタル不調というか未だかつて無いくらいにドツボにハマっているらしく、これはちょっとちゃんと聞いてやって浮上させる所までは面倒見てやらないとダメだと思った。だって多分、瑞貴はそれを期待してここへ来ている。

寄っかかってきた瑞貴の頭を横から撫でて、取り敢えずは落ち着いて貰おうとしたらその眉が顰められてボロボロッと涙を流し始めて、びっくりした俺は目を皿にした。


「え。…ちょいまちちょいまち。泣いてんの?えぇ…、じゃあ待とうと思ったけどもう聞くわ。何があったんだよ。こんなんほっとけねぇだろ。」


「……ッ、」


泣いていると言っても、さっきも言った通りこの鉄仮面瑞貴が声になんて出すわけがないし、本人はテーブルの上のティッシュを手に取り目に当てて俯いている。

待て待て待て待てぇぇ…。ガチ泣きじゃねぇか。 2年半付き合ってきて瑞貴のこんなところ初めて見る。俺はどうしたらいいんだ…。だけどほっとけないのは確かなので、もう抱きしめて頭と背中をぽすぽす叩いてやった。気持ち悪いと思われたら大変に申し訳がないが、残念ながら俺は人間の涙などこの方法でしか泣き止ませる術を持っていない。そう思い情けなくなりつつもう開き直ってずっとそうやって抱きしめていた。




第1話 完

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