天才貴族家の劣等長男~転生先で天才に囲まれた秀才は特別になりたい~

海堂金太郎

プロローグ

0.プライドと劣等感

「いやぁ…お前ってホント何でもできるよな~」


 放課後。一人また一人と教室から出て行く中、部活の活動場所である体育館へ向かうため教室を出ようとすると後ろから声が掛かった。

 何だろうと振り返るとそこにはクラスメイトが「ほれ、忘れもんだぞ」と俺の成績表を手に突っ立っている。恐らくさっきの声は俺の成績表をパッと見た感想だろう。


「あぁ、助かる」

「なぁなぁ。お前ってバスケ部のキャプテンだろ?」

「え?まぁそうだね」

「うちのバスケ部って最近結構強いよな」

「まぁ、弱くはないね」

「忙しい?」

「まぁそれなりに」


 クラスメイトは歩み寄ってきて成績表を渡してくれたかと思えば矢継ぎ早に分かってんだろって質問を飛ばしてきた。

 それからわざとらしく額に掌をぺチンとあて天井を仰ぎ見たかと思えば、再び俺の眼を見て言った。


「いいねぇ~器用に何でもこなせて。文武両道とは羨まし~」

「なんでもは出来ないよ。買い被り過ぎ」


 そう返してすぐに俺は教室を出た。




 ◇◇◇




 誰もが一度は通ったことのあるようなごく一般的な住宅街。すでに日は沈み、夜の帳が落ちている。


 仕事に疲れながらも職業柄なのかそれを感じさせないほど背筋を伸ばし帰路につく壮年のサラリーマン。ノルマを達成しないと帰れないブラックな会社に勤めている営業担当であろう比較的若い男。そのような苦労人に面と向かって喧嘩を売りつけているとしか思えないほど楽し気に、かつ大声で談笑している学生達。



「今日の練習もマジでつらかった~。フットワークの後にいきなりダッシュはないでしょ!しかも10本!練習終わりにも10本!‥‥‥っていうか進学校なのにここまで練習つらいの意味わからん。目標が都ベスト8ってなに?そんな目標掲げる前にまずはスポセン寄越せや……あ、あの子めっちゃ可愛い…」



 そして、顧問の前では決して言えない文句を夜空に飛ばす俺。いつも教室ではクールぶってるけどこれが本性。


 ちょうど可愛いなと思っていた同い年くらいの制服姿の女子に「え、なにあれ。やばw」と言われたのがショックで、頭を冷やすためわざわざ水を自販機で買って飲み干す。

 それから少し。だいぶ冷えた頭の中にふと過るのは練習地獄の前、放課後の教室でクラスメイトに言われた何気ない一言だった。


 ――器用。少し悪意を込めればたちまち器用貧乏へと姿を変えるその言葉。


 俺は『器用』という言葉が嫌いだ。何においても一番になることが出来ない中途半端な俺の劣等感とプライドを強く刺激するから。

 クラスメイトの彼はもちろん悪意を込めて言ったわけじゃない。それは分かっている。純粋に羨ましいと思ってくれたのだろう。だからこそ余計に劣等感は悲鳴を上げ、プライドは歪んだまま育つ。


 ただ何も生まれてからずっと器用という言葉が嫌いなわけじゃない。むしろ小学生の頃は器用と言われるたびに喜んでいたものだ。


 敢えて癪に障るような言い方をするが、俺は小さい頃から何でもできた。

 習い事でよーいドンと始めれば一番に先生の目に留まって、上級生たちがいる上のクラスに連れて行かれた。勉強、運動、芸術全てにおいてだ。例外はない。

 当時の俺は生意気にもそれが当たり前、先生がこうやってとお手本を見せてくれたんだ、その通りにやればいいだけじゃないか、逆に周りのやつらはどうしてこんなことも出来ないんだ。そう思うクソガキだった。


 けれどもクソガキでいられるのは小学生低学年のうちだけだった。高学年になっていくと一つの種目に特化した人間が現れ始める。そこで俺は眼を背けて気づかないふりをした。でも自分騙しが効くのは小学生までだった。


 中学に上がって少し。中バスの都選の初めの練習会で俺は散々に思い知らされた。俺なんかよりもすごいやつがその体育館にはうじゃうじゃいた。眼を背けてもそこら中にいるわいるわ。お陰で逸らしようがない。

 その中に一人とんでもないやつがいた。ワンプレイ見て思ったよ、こりゃダメだ、逆立ちしても勝てっこないって。持ってるものが違ったんだ。

 そして驚いたことにそいつは俺が小学生の時、心の中で散々馬鹿にしていた奴だった。あだ名は泣き水。水に顔をつけるだけで泣いていた清水君。


 ある日、彼の方から声をかけてきた。俺が同じプール教室に通っていたことを知った清水は最悪なことに俺のことを覚えていたんだ。同い年なのに中学生のところで泳いでいるすごい子として。


『いいな~君は器用で。何でもできて羨ましいよ。僕にはこれしかないからさ』


 バスケボールを手に清水は眼を輝かせて言ったよ。屈辱だったね。

 初めてこいつみたいになりたい!と自分に思わせた人間に俺みたいになりたいと言われる。冗談じゃない。馬鹿にしてんのか?


 小さな頃から積み重なって出来上がった俺のちっぽけで下らないプライドは傷ついた。時を同じくして自分が思い描く自分理想に対して現実は劣等感を覚え始めた。


 そしてそれは今の今まで続いている。


 そこそこ勉強してそこそこの順位が取れた。でも部活の仲間は俺と同じくらいしか勉強していないのに俺以上の成績を出す。本気を出せば俺だってそれぐらい取れる…!


 下らないプライド仮初の自信が顔を出す―――。


 キャプテンの座に就いた。周りの仲間の方は光る何かを持っている。であればそれをまとめる理想も何か光るものを持っているはず…!けれども現実は何も持っていない。


 劣等感ギャップは増すばかり―――。


 理想の自分と実際の自分との間に生じる劣等感ギャップ。身を守るためには仮初の自信プライドが必要だった。気づいた時にはそれなしで俺は俺としていられなくなっていた。自分は自分が思っているほど優秀じゃない、劣っている。認めたくなかった。


『器用』という言葉は劣等感とプライドを同時に引き出すトリガーだ。何の自覚もなしにクラスメイトが引いたトリガーで勝手に傷つく。気持ち悪いと思うよ、自分でも。でも止められない。それらが今の俺を形作っているから。


「あ~しょうもな……」


 どうしようもなく傲慢で子供な自分に辟易とした俺は別の自販機でまた水を買った。焼け買いだ。そして歩きながら上を向き一気に煽る。



 ……街灯光の届かない住宅街の曲がり角で。


 ウゥゥゥゥンンン!


「あ……」


 気付いた時には目の前がトラックのライトの光で白く染まっていて――。


 ドンッ


 前後左右、上も下も分からないくらいに視界が揺れていた――。


「あぅ……あ………ぁ」


 燃えるように熱い頭部に反して冷えていく胴体。思うように回らない舌。


(死に方までしょうもないのかよ)


 来世は…とか思っている暇もない即死だった。

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