異形に恋した冒険者

羊屋さん

第1話

 ハァ……ハァ……ハァ……。俺は大きな荷物を背負ったまま全速力で走り、とある魔物から逃げていた。相手は、ガーゴイル。俺がやくそうをエリア外に持ち出してしまったばかりに盗人と判定して追ってきているのだ。

「なんでやくそうごときで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ……クソッ……!」

俺はなんとかダンジョンの出口までの道を思い出し、外まで逃げ切った。汗だくだ。

 妻の待つ家に帰る道中、荷物を広げてパンを齧った。腹が空いてはなんとやら。この大きなパンは妻が焼いてくれたものだ。いつも通り、ふんわりとしていて美味しい。お腹が満たされると、ふとさっき追いかけてきたガーゴイルのことを思い出し寒気がした。追いつかれていたら、俺は確実に殺されていた……。もう二度とあんな間違いはしないようにしよう。そう誓った。

 「ただいまぁ」

「おかえりなさい、アナタ!」

妻のネネはやはり美しい。ヘトヘトになった俺を出迎え、汗を拭いてくれる。かなり歳下のこんな綺麗な女性がひげもじゃの中年の自分に嫁いでくれるとは思わなかった。しかし、妻からは確かな愛情を感じるし、自分も妻のことを愛している。2人で夕食をとるとき、ふとガーゴイルのことを思い出したが、心配させるのは嫌なので言わないでおいた。冗談めいて、

「なぁネネ、俺がガーゴイルに襲われそうになったらどうしたらいいと思うか?」

と訊いた。ネネは、

「そんな縁起でもないことをなんで言うのよ!アナタに何かあったらどうするの!頑張って逃げるしかないでしょ!」

それより、とネネは続ける。

「間違えて売り物を持ち出したりしないのが1番だけれどね」

ネネの言う通りだ。あんな過ち、二度と繰り返さない。

 一夜明け、俺はまた妻からおべんとうを受け取り探索へ向かった。

「いってらっしゃい、気をつけてね!」

「いってきます。おべんとうもいつもありがとう」

なんてことはない、ダンジョンの次の階層に進んでお宝を手に入れて帰ってくるのだ。さぁ、家を守ってくれている妻のためにも頑張らないと。

 古民家が密集している村から外れ、俺はダンジョンの入り口に着いた。ふぅ、と息を整えランタンの明かりを頼りに進んでいく。今日の探索はなんてことはなさそうだな、敵も弱めだし、あまり迷わず目的地の最下層へ着いた。ボスに挑む前にやくそうで体力を回復し、武器も持ち替えた。よし、いけるはずだ。

「ウオオォォォォォーー!!」

俺はボスの魔物に殴りかかった。会心の一撃!しかし!痛恨の一撃!俺は呻きながら敵と距離をとる。やくそうで傷を回復した。よし、もう一度!決まった!相手がよろめいた、HPは残り僅かだろう。これで最後だ!相手の頭に棍棒が直撃した。相手はこちらをギロリと睨んだあと、後ろにズドンと倒れた。俺は安堵のため息をついた。今日はネネに良い報告ができそうだ。お宝を回収した後、ネネの作ってくれたおべんとうを食べて空腹を満たした。

 さぁ、あとは帰るだけなのだが……。帰りは違う道を通ってみようか。下ってきたのとは別の階段から地上を目指す。いくつかの階層では来るときに気づかなかった宝箱もあり、ウハウハな気分だった。

 そして、地上まであと2階層というところで戦慄した。あの、ガーゴイルが目の前にいる。俺は深呼吸をした。大丈夫、大丈夫、売り物に手をつけさえしなければ、何も起こらないはず……俺はゆっくりとガーゴイルのいるエリアから離れた。ゆっくりと振り返ると、なんとガーゴイルが目の前にいた。

「ウワアアアァァァァァ!!!!どぼじで!!!!???」

驚きのあまり、すっ転んでしまった。もう逃げられない。戦うしかない。俺は疲労困憊にもかかわらず、剣を抜き、臨戦体制をとった。しかし半ば諦めていた。ガーゴイルは、そこらのボスの魔物より数倍強い。

「ウオオォォォォォ!!!」

剣で斬りかかるが、弾かれる。ガーゴイルが殴りかかってくる。三度ほどそれを繰り返し、俺はもう瀕死だった。遠のく意識の中で、

「ネネ……ごめんな……」

走馬灯のように妻のことを思っていた。

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