熱混ざり
懺悔
植物と炭素
喉仏の横に手を当てるのは鈴原の癖。
暑い。熱い。暑い。熱い。黒い髪が熱を吸収している。頭も痛くなってきた。髪の中に蟻がいれば多分即死している。
「鈴原ア」
コンセントの抜けた扇風機。味噌汁の色の液体が染みついた畳。お気持ち程度の薄い座布団と端に追いやられた毛布。不規則に点滅する蛍光灯の光がスプーンに反射して。そこを何となく見ていれば、変な色をした唇と、面白いぐらいに血の引いた青白い顔が写っていた。ここ数日、自分はおかしいのだ。意味の分からない苛立ちと気持ち悪さに潰されそうだった。脳みそがぐちゃぐちゃに溶けているみたいな、そんな感じ。意識を逸らしたくて、ドロドロとしたものが食道を這い上がってくる感覚と共に、もう一度早く来いと鈴原を呼んだ。漸く動き出したあいつは俺の側に手を付く。そんでもって、キスをした。とてもかさついていた。勿論汚い唇をしているのは俺だけで、鈴原は違う。皮を剥いて硬くなんかなっていない柔らかな唇に押し付けるような子供騙しのキス。唇を食むだけの俺に痺れを切らした鈴原は口を開けろと舌でつっついてくる。ただ、そんな気分では無かったので体ごと引き離した。
「わかままだね。どうしたの、朝言われたこと気にしてるの。異常者って」
違う。いや、そうかも。そうなのかもしれない。異常者って、何当たり前のことをと思っていたけれどあいつ、側にいた鈴原には目もくれず俺だけを見つめて言ってきたんだ。まるで俺だけがおかしいんだって思われてるみたいだったから。そのせいで、だから胃がむかむかして、イライラしていて、心臓が痛いんだ。
「鈴原ぁ。なぁ、おれ、気にしてんのかも。だから、なんか、心臓が痛い」
「心臓痛いなんてそりゃあキスしたからでしょ」
そう言った鈴原は首に手をかけて笑っていた。
キスしよ辻くん。
自分を縋る彼が、自分がいないと生きていけない彼が、とても好きだった。別に俺がいなくとも生きていけたっていい。嫌いじゃない。それでもより興奮するのは、目に薄い膜を張って自分の名を呼ぶ彼の姿。まるで捨てられたことにも気づかず飼い主の名を叫ぶ動物のよう。その子は側にある愛用のおもちゃにすら意識が向かないのだ。そっくりじゃないか。彼は幼い頃から何十年と抱いてきた毛玉だらけの小さな毛布を隅にやって俺の名前を呼ぶのだ。俺だけを見て、痛々しく割れたそこから出される空気の振動は俺を求めている。どくどくと脈打つ場所に手をやって激しく流れている血液を感じた。彼に俺しかいないのと同じように、俺にも彼しかいないし、全てを彼に支配されている。鼓動の速さも、吸う酸素の量だって彼によって決まるのだ。俺、マゾだっけ。大丈夫、辻くん。俺もおかしいみたいだ。マゾじゃなくたっておかしいよ。辻くんと一緒。
「鈴原、ねえ。鈴原ってば」
彼の普段から下がりがちな口角はより一層落ちて見えた。そこから赤黒い血が固まった唇に視線をやって、口を付けた。気分屋のくせに嫌われるのを極度に怖がって、常に他人の顔色を伺うような彼は、接吻だって受け身だった。
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