ゲームブック(二十九頁目)
ボン!ボォン!
遠くで敵が爆発する。と言っても閃光と火柱以外、何も見えないんだが。
銃器の威力は偉大である、剣を鞘から一回も抜く事なく、地下四階の攻略はボスを残すだけとなった。
途中、山本さんの手作りのお弁当をみんなで食べて。もはや緊張感のないピクニック気分だ。
なにせこちらは五十人の大部隊。魔物は、群れる事もあるとは言え、散発的に数体が出るだけだ。戦力の逐次投入もいいところである。
さらに魔物は同族以外でコミュニケーションを取っていないようであるが、我々は全員が離れている状態でも、密に連絡が取れている。そして射程距離も索敵範囲も圧倒的有利なのだ。
そりゃ気も緩むよ。
さやと二人で、パーティメンバーの血液型当てゲームをしているときに博士の指示が来た。今日はここでキャンプを張るという連絡である。
この辺りには煮沸すれば使える水場があるので、水の補給もできるそうだ。
……
「お前らな、ほんっっとに。緊張感持ってくれよ。俺はもう一日中警戒してだな」
個人用天幕を張ろうと杭を地面に刺している時に、ノブから声がかけられた。ちょっと怒っているようだ。
「ここは地下四階だぞ。接近戦に持ち込まれたら、俺らのレベルじゃ割と厳しいんだぜ」
「でもこの感じじゃ、絶対大丈夫じゃない?そんな怒らなくてもさ」
「ちょっと気が抜けてたね。気をつけるよ」
俺とさやが、口々に反省を述べる。俺も注意される側になるとはなぁ、気をつけないと。
「ほんと頼むぜ?」
そう言ったノブの手には、ストロングマックス。まったく説得力があるよな。
さやが、じっとその手の酒を見る。
「あ、あー、そろそろ見張り交代かなぁ。じゃあ天幕よろしくな」
そう言ってノブは小走りで消えて行った。キャンプの設営中も魔物の襲撃に備えて、各班の偵察者が交代で見張りに立っている。
これも全部、博士の段取りらしい。細かいことまでよくも思いつくな、と感心する。
がしゃり、がしゃり。
「ちょっと味を見てもらえませぬか」
「うわっ!」
山本さんが、鎧を鳴らしながら近づいてきた。顔は完全に面頬で守られて、つけひげも生えている。まったく表情が読めないし、怖い。
いきなり現れたのでびっくりした。
「あ、あー。ミカさんに頼んでみて下さい。俺はまだ天幕設営してるので」
視界の端で、作業が終わったミカさんが石に腰掛けているのを見つけたので、そう振った。すると、わかりましたと言って山本さんは素直に歩いて行った。
しばらくすると「ひゃあ!」という声が聞こえて来た。どうやら無事に話しかけられたようだ。
「おい曲がっているぞ、まっすぐ揃えろ!墓場のように全部まっすぐ揃えるんだ!」
遠くから、博士の声が聞こえてくる。統率が取れているとは言い難い、なんだかんだと話しながら組み立てているので、割と適当な班もあるようだ。
まぁ人数が多ければ、こうなるよな。まるで大人の林間学校である。
時間はかかったし、紆余曲折はあったが、びっしりと個人用天幕が並べられた。整列されたその姿は、壮観だ。
「「「できた!」」」
「寝てみようよ!」
「よっしゃ」
俺たちは自分の天幕の中に潜りこんで、寝転んでみた。薄っぺらいシート一枚下は、地面である。でこぼこで背中が痛い。
のそりと、外に出る。
皆もそれぞれ、這い出てくる。笑顔で意気揚々と潜り込んだ時とは反対に、みんなどんよりした顔だった。山本さんだけはまだ鎧を着ているので、表情がわからないが。
「背中が痛い」
「痛いよな」
ぼそりと呟いた俺の言葉を、ノブが拾った。
女性陣は声には出さなかったが、表情がそれを物語っている。
「ふうむ。ワクワクしますな」
「しねえよ!」
ノブに突っ込まれた山本さんが、うなだれながら夕飯の準備に向かった。
炊飯道具も一人一人持っていて、衣食住は自己完結するようになっているのだが。俺たち十班は山本さんが専属シェフとしてやってくれている。
それは鉄鍋を背中に背負ってくる気合の入れようである。
今日の夕飯は、白飯と豚汁だ。
たっぷり具沢山の豚汁は、疲れた身体には最高だった。それにダンジョンの夜は冷えるので、温まるものが本当に嬉しい!
固そうな干し肉やパンをかじりながら、物欲しそうに俺たちの食事風景を眺めている者達もあった。
片道三日の一週間の旅路だぞ。あいつら、まさか一週間パンと干し肉だけで生きていくのだろうか。
過酷だな……。
……
その夜。
薄い床敷を、グルグルと身体に巻きつけるようにして目を閉じる。そのまま足の先をぐねぐね動かしてみたり、手を揉んでみたり。
「眠れない……」
口の中でぼそりと呟いた。この事実を自分で自分に言い聞かせるように。
地面も痛いし、寝心地は良いと言えないのだが。それは覚悟していた、何が問題かと言うと。
とにかく寒い!
原因はこの地面だ。薄い床敷一枚下は、ゴツゴツした地面、そこからどんどん熱が奪われていく。掛け布団とか、そういう次元の問題じゃない。寒いと眠れないんだな。
むくりと、上半身を起こす。
「どうするかなぁ」天幕の外に顔を向けると、見張り担当の班の人が立っているのが見えた。
話を聞いたら、何か良いアイデアを貰えないだろうか。そっと音を立てないように外に抜け出し、そちらへ向かう。向こうもすぐに俺に気がついて、小さく声をかけてくれた。
「どうした?十班はまだ見張りの担当時間じゃないだろう」
寝るのも仕事のうちだぞ、と続けたのは博士だった。今警戒担当は一班だ。博士と、偵察者らしき人が二人で警戒に当たっている。
「いや、寒くて……何か良いアイデアは無いですか」
「で、あれば。班員と抱き合って眠ったらどうか。他の班はそうしているところもあるぞ」
ふうん、班員と抱き合って。
パッと頭の中に浮かんだのは、さやとミカさんが一緒に眠っている姿だ。うんうん、まぁ華があるな。
待てよ、なら俺は誰と……思い浮かんだのは、にっこり笑った山本さんの顔と、ベロベロに酔ったノブ。両手に華か。おかしいだろ。
「それはイヤです」
「体温で温め合えるから効率的だぞ」
「絶対、イヤです」
文句が多いな、と言いながらも目線を斜め上に向けて考えてくれる博士。次のアイデアは。
「靴の中にトウガラシでも詰めて見たらどうだ?」
「意味あるんですか?」
「まぁやってみろ。あと荷物を床敷の下にでも入れて、地面からなるべく身体を離すんだな」
へぇ、と博士の知恵袋を聞いていると、いきなり手を俺に突き出してきた。待てのポーズだ。すると、一班の偵察者が口を開いた。
「警戒網を抜けて来たのがいるらしい。すぐそこまで近づいてきているのがいる」
「気配隠蔽だな、高レベル忍者か?数は?」
「数は……一つ」
「で、あれば。私が迎え撃つ。ガリオスに連絡を取ってくれ」
「了解」
それだけ会話すると、偵察者はぱっと離れた。ガリオスを探しに行ったのだろう。
「悪いがユウ、迎撃を手伝って貰うぞ。準備する時間は無いが」
「わかりました」
剣も鎧も持っていない。最悪のコンディションだが。やるしかないだろう、剣くらいは肌身離さず持っておくべきだったか。
くやんでも仕方ない。「行くぞ」と言って暗闇に駆けていった博士の後を追ったのだった。
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