3.自然の中にある不自然(2)



 くそっ、重いな。


 海水もそうだが、ズボンが重い。薄手のジャージでもこんなに重くなるものなのか。などと思いながら無事砂浜に辿り着きカタセ君と合流する。


 膝に手を当て、すっかりと上がってしまった息を整える。カタセ君も同じようにしていた。


「あー、マジでビビったっすわー。ほんっと、訳分かんねー」


 という言葉を皮切りに、カタセ君がここに来た経緯を話し始めた。


 カタセ君はパソコンでオンラインゲームをしていて、一区切りついたのでトイレに行こうと立ち上がったら海にいたという。


 うわぁ、俺より気の毒。


 ところでトイレは小さい方だったのだろうか?


 だとしたら海にいる間に済ませたのだろうか?


 ふとそんなことが気になったが忘れることにした。


「水面は見なかったの?」


 ここに来た経緯について話したくらいだから、もう俺に気づいているのだと思い、いつもの調子で話したのだが、何故か酷く怪訝な顔をされた。


「水面? いや、ちょっと分かんないです。ところで、あの、もしかしてカガミさんの息子さんっすか?」


「ん? いや何言ってんの? 俺はカガミだよ。君の部屋の隣に住んでる」


「は? いやいやいやいや、絶対違いますって! 確かに似てはいますけど、こんなに若くなかったっすもん! どう見ても俺と同い年くらいっすよ!」


「ハハハ、お世辞もそこまでいくと清々しいね。カタセ君は確か今年で二十二でしょ? 大学卒業の歳だね」


「いや随分前に中退してますけど……。ん? 何だあれ?」


 カタセ君が何かに気づいたような素振りを見せた。手でひさしを作り、目を細めて海を見ている。


 俺もカタセ君にならって海を見る。海中に巨大な影があった。


 多分、さっき俺がいたところと、カタセ君がいたところの中間くらいの位置。


 さっきまでは、あんなものはなかったよな?


 ただ単に、俺が距離を見誤っているだけかもしれないが。


 例えばもっと後ろだったとか。


 じゃあ、背後にあんなのがいたってこと?


「何かいるね」


「何ですかね?」


 黒い影が徐々に肥大化していく。嫌な予感がして、注視したまま後退あとずさる。


 と、盛大な水音と水飛沫が上がった。


 え、何これ?


 影とはまったく違うところから巨大なアンコウのような化け物が飛び出し、大口を開いて襲い掛かってきていた。


 気づけばもう目の前。


 俺、死ぬ?


「【障壁】!」


 不意に背後で声がし、化け物は壁にぶち当たったようにして跳ね返る。


 その横っ面を、完全に棒立ちになっていた俺たちを飛び越え、颯爽と現れた着流しの男が煙管でぶん殴った。


 凄まじく軽快な破裂音を発して、化け物の顔面が弾けて半壊する。


 海に向かって血肉の欠片が飛び散り、辺りに血生臭さが漂う。


 男はしれっと赤く染まった海からこちらへと向き直る。その間に化け物の姿は影も形もなくなっていた。


 獣耳ケモミミ? 尻尾? 


 狐のコスプレか? 


 いや、アンコウ吹っ飛んだよな⁉


「さて、説明は後でするから、暴れんといてな」


 返り血の一つも浴びた様子のないその和風獣人コスプレ青年は、問答無用で俺とカタセ君を小脇に抱えて跳んだ。


 視界が高くなり、海が遠ざかっていく。波打ち際に巫女服のような和装の女の子が二人歩いていく。十歳にも満たないくらいだろうか。その小さな子たちにも獣耳ケモミミと尻尾がある。


 そんな光景を見ながら、俺は絶叫する。カタセ君も叫んでいる。ちょっとハモって聞こえるのは気の所為か。数秒で視界が低くなり、小さな砂の音と衝撃を感じた。


 それが青年の着地によってもたらされたものだと覚るとほぼ同時に、俺たちはゴミを捨てるように、砂浜に放り落とされた。



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