10.狂喜乱舞する尻尾とお風呂で大騒ぎ(2)



 脱衣所のかごに浴衣のような着替えを置いて、礼儀正しく一礼した後にスミレが出ていく。それと入れ替わるようにウイナとサイネがちょこちょこやってきた。


「どうしたの?」


「一緒に入るのじゃ」


「そうなのです」


 俺とマツバラさんでアワアワしながら丁重にお断りした。


「なんかめっちゃ懐かれてますね」


「そうだね。何でだろ?」


「謎ですね」


 そんな会話をしながら服を脱ぎ洗い場へ。


 俺は左胸、カタセ君は腰に水飛沫のようなあざができており、マツバラさんは背中の右肩付近に砕けた鉱石のような痣ができていた。どちらも変な痣じゃなくて良かったとホッとする。


「どんな形ですか?」


 俺とカタセ君は同じ痣なので確認できたが、マツバラさんは口頭で説明するしかなく、デザインが気になるようだった。俺たち同様、ちょっと小洒落たタトゥーのようだと伝えておく。


「あれ? シャワーが……あ、そうか。そういうことっすね。うわぁ、これ面倒臭いやつじゃないっすか? 鏡も見当たらないし」


「浴槽からお湯を汲み取って頭と体を洗わなきゃいけない感じだね。桶と石鹸はあるけど、浴槽のお湯が減り過ぎるのも困るし、ちょっと大変かもね」


「あ、もしかしてあの子たちが術でなんとかしてくれるつもりだったんですかね? リンドウさんに手伝ってやれって言われたとか言ってたような……」


 マツバラさんが言いつつ固まる。俺とカタセ君も。それは十分にあり得る話だった。


「あー、しまったなー。そうかー、そんなとこまで頭回らなかったっすわー」


「俺も犯罪だって発想しかなかったよ」


「俺もです。あ、でも、カガミさんとカタセさんは水属性ですよね?」


「あっ! そうか! マツバラさんナイス! カタセ君、俺たちでやってみよう!」


「おおっ、そうっすね! 分かりました!」


 裸の付き合いというのは不思議なものだと思う。おかしなテンションになっていた。


 二人で頷き合い、片手を前に出してお湯が出ないかを念じてみる。すると体の中心から何かが手に向かう感覚があった。それを感じてすぐに、手の平からちょろちょろとぬるい水が出始める。


「ああっ、出た! 出ましたよ、カガミさん!」


「うん! 俺も出た! 出たけど、なんか気持ち悪いねこれ! ハハハハ」


 全員でどっと爆笑する。病的に手汗が酷いようにしか見えない。


 カタセ君がゲラゲラ笑いながら床に両膝を着いて桶の裏をバシバシ叩く。妙なテンションここに極まる。


 術が使えたという喜びがなければ不安に負けていたと思う。


 これ、止まらなかったらどうしよう。

 

「いやー、笑った。でも全然駄目っすね」


「そうだねぇ。これじゃまったく意味ないよ」


 勢いと量と熱さがまるで足らない。その辺りを強く意識して念じると、先ほどより少し勢いと出てくる量が増えた。温度も上がったが、あって三十度くらいだろうか。


 どれだけ念じてもそれ以上は熱くならなかった。お湯を沸かすには火属性が必要なのかもしれない。カタセ君も同じように念じたのか、俺と似たような状態になっていた。


 温度に不満こそあるものの、それなりの水量が出てくるようになった手を見て二人で大はしゃぎしながら桶に水を溜めていく。勿論もちろん、マツバラさんの分も。


 その間、マツバラさんはこっそりと術を試していた。多分、俺たちに触発されたのだろう。洗い場に細かい土が散らばっていたので丸わかりだったが、素知らぬ顔をしていたのでそっとしておいた。


 こちらも、触れてシラを切られたらどうしようという恐怖心があった。待っているのは凄い空気だ。そんな危険は冒せない。寡黙な印象だし、俺とカタセ君のような関係になるにはまだまだ時間が必要だと思う。


 桶に水が溜まったところで体を洗った。石鹸はほとんど何の匂いもしなかったが、泡立ちはしたので、まぁいいかという感じだった。

 

 三人で浴槽に入り、肩まで浸かる。ふぅー、と自然と息が漏れた。


 途中で乾燥してもらったり、顔を洗わせてもらったりしていたとはいえ、やはり風呂には敵わない。


 海水でべたついていた体がスッキリしたのは気分がいい。風呂の湯加減もやや温めで、疲れが体から抜け出ていくような心持ち。


「いい湯っすね」


「そうだねぇ」


 マツバラさんは言葉を出さず、数回の頷きだけで肯定した。


 しばらく無言で湯を楽しんだ。先ほどは童心に帰ったようにカタセ君と騒いだが、こうして静かになると、リンドウから聞かされた話が蘇ってくる。


 何故、俺たちがここに転移したのか。


「運が悪かったんやろな」


 愕然がくぜんとする一言だった。


 転移が起こる理由は、魔物が転移者を食べる為。普通の魔物はできないが、魔素溜まりに触れて変異した魔物は、俺たちの世界とこちらの世界を繋げることができるようになるという。


 こちらの世界でも人を襲って食べるらしいが、異世界に罠を張り、より簡単に獲物をとる力を得てしまうのだとか。


「お前らのおった世界には、神隠し、て言葉があるんやろ? 聞いたことあるか? 要はそれや。お前らは神隠しにうたんや」


 俺が部屋で見たあの水面は、魔物の罠だったという訳だ。


 ただ、その罠にカタセ君は気づいていなかった。マツバラさんも同様に。


 マツバラさんは山からの転移なので、水面ではないのかもしれない。そう思って別の異変がなかったかも訊いたが、俺が見たような浮世離れした光景には遭遇していないとのことだった。


 そしてリンドウとスズランも、俺のような渡り人と会うのは初めてらしかった。


「あ、あと、若返ったんですよ。二十歳くらい」


「若返った? ふーん、じゃあ、そんだけ歳を食われたんと違うかな。こっちに来てなかったら死んどったかもしれんな。知らんけど」


 すんなりと怖ろしいことを言われてゾッとしたが、リンドウは俺のことなどお構いなしに推測を続けた。それによると、俺は既に罠に掛かって食われ始めていたのではないか、ということだった。


「ふむ、適当に言うたけど、あながち間違いやないかもしれんな」


 リンドウは顎に手を遣りうんうん頷いた。そして、罠に気づいた渡り人と会ったことがないのは、こちらに渡る前に存在が食われて消滅しているからだろうと結論づけた。


「なるほどなぁ、魔物はこっちに渡らせて物理的に食うだけやのうて、そっちでも食うとったんやなぁ。それも存在した年数を現在から過去に向かって吸い上げるか。そう考えたら、ユーゴは運が良かったんやな」


 さも愉快そうに哄笑するリンドウの姿を最後に、俺は知らずしらずのうちに思い起こすのを止め、ただただ湯の心地良さに沈んでいった。

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