11.五十六の名言と希望ある推測で迎える幸せな朝(1)
日本では、風呂で溺れて死ぬ事故は結構多いらしい。
つい今しがたマツバラさんから聞いた話である。
「マジ
「面目ない」
「いえ、大事なくてよかったです」
不覚にも、入浴中に居眠りをしてしまった。言葉通り、湯の心地良さに沈んだという訳だ。
側にいた二人が異変に気づき、すぐに引き上げてくれたお陰で事なきを得たが、こうして寝床に入ってからも話題にするのは少々引っ張りすぎではないかと密かに思う。
少し前――。
ちょっとした事故はあったものの、無事に入浴を終えた俺たちはスミレにこの部屋へと案内された。旅館のように部屋に入った時点で布団が用意されていたが、それは今晩のみのことらしく、明日からは自分たちでやってくれとのことだった。
「見ての通り俺たちもいい歳なんで、ここまでお気遣いしてもらわなくても良かったですよ。布団を敷くくらいならできますし。何から何まで申し訳ないので」
「皆さん親切ですので、こうすることで気を遣わせてしまうのは分かっているのですが、イノリノミヤ神教の教えで『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ』というものもありますので、寝具の場所と扱い方の説明まではこちらもせざるを得ないんです。それに、皆さんの世界とは勝手が違うこともあるでしょうから」
というのが、俺たちが床に就く前、案内役のスミレと苦笑しながらした会話。確かに彼女の言う通り、寝具一つとっても、いつどこで洗うのか、干すのか、また洗い方や干し方など、いざ説明が始まってみれば質問もかなり出た。
後々スミレを煩わせることのないようにという思いから真面目に取り組んだが、そう思っていたのは俺一人だけではなかったようで、カタセ君もマツバラさんも積極的に質疑応答に参加し、話し合い、最後には役割分担まで行った。
役割分担は、カタセ君とマツバラさんがほぼ同時に提案したことだった。俺が料理を担当することになったのが理由らしい。
「食事の後の洗い物とか洗濯は、水属性持ちの俺がやった方がいいですよね」
「じゃあ、俺は掃除と洗濯物の取り込みを担当します。他にもできることがあれば声を掛けてください。何でもしますんで」
二人とも気のいい若者だよなぁ。ただあれは山本五十六の名言だったよなぁ。
カタセ君がいまだに続けているヒノキ風呂溺水事件の話を右から左に聞き流しながら、俺はそんなことを思って小首を傾げていた。
それもこれも、俺とカタセ君が川の字の両端にいるからできることだ。もし真ん中がカタセ君だったら、すぐに聞いていないとバレて叱られていただろう。
「カタセさん、その辺で。ほら、カガミさんはもう聞いてませんから」
マツバラさん⁉
まさかの伏兵による襲撃。
慌てて「聞いてる、聞いてるよ!」と必死にアピールしたのだが、どうもそれが
「ごめん、聞いてなかった」
「いや、別にいいんですけどね。大した話もしてなかったんで。ただ嘘は駄目っすよ。今は一番若くなっちゃいましたけど、中身は最年長なんすからね」
「面目次第もございません」
謝罪後、静寂。
妙な空気が流れ、俺は不意に笑いそうになった。何この空気、という心のうちで自分でツッコんで
少しの沈黙の後、カタセ君が噴き出したのを切っ掛けに皆で笑う。
この大人たちは本当にどうしようもないよね。
「いやー、まぁ、ふざけるのはこのくらいにして、ちょっといいっすかね?」
「うん、何?」
「あー、なんていうかっすね、その、思ったんすけど、この世界、じゃなくて、えーっと、この家の人たちとか、この国の宗教も、どうも引っ掛かってるんすよ。転移者に都合が良すぎるというか」
俺はうんうんと
そしてその予感は的中した。だが、まさか俺だけでなくマツバラさんまで跳ね起きるほどの話が飛び出すとは思ってもみなかった。
「待った! カタセ君、ちょっと待った、整理させて」
「俺も、少し、時間が欲しいです」
正直、戸惑った。リンドウから受けた説明を思い返し、どうしてこの可能性に気づけなかったのかと震えた。
道理でイノリノミヤ神教の教えに山本五十六の名言が出てくる訳だ。
カタセ君は、イノリノミヤ様が、イノリ・ノミヤという渡り人ではないかと言ったのだ。そしてそれは、俺たちの世界で行方不明になったイノリンというネットアイドルの可能性があるという。
「ステボの表示もそうだけど、こっちって、姓と名前と逆にするじゃないっすか? それで、イノリノミヤって聞いたとき、中で分けたらそうなったんすよ」
「そのノミヤさんって、有名な人だったの?」
「元々の知名度は高くなかったみたいっすね。事件になってから知られた感じかと。俺もそれで知って、問題になった動画も見ました」
「ああそれ、俺も見ました。フェイクじゃないかとか、オカルト扱いというか、結構賑わってましたよ」
「テレビや新聞でも取り上げられて、野宮伊乃里って本名も公開されてましたね。十七歳の現役女子高生っていうのも話題になった理由っすかね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます