白磁世界1

 純白の世界に、青年が一人立ち尽くしていた。

 寒々しい空間。

 何も作り出さない、全てを消し去ってしまいそうな眩しい白磁世界。



「お戻りなさいませ。」

 


 何者か。

 女の物である何処か艶のある声が世界に響いた。

 魂の抜けた表情で立ち尽くしていた青年の体が、ピクリと反応する。

 

 彼の眼前に一つの椅子が現れた。

 青年は不思議そうな表情をほのかに浮かべ、ゆっくりと歩く。

 そして、その椅子に腰かけた。


 物質である以上、青年の座る椅子に限った話ではないが、この世界にあるには少々不似合いに感じられる椅子。


 桃花心木(マホガニー)を金で彩り、所々を紅玉や瑠璃で飾られている。

 仰々しいデザインだ。

 椅子というより、玉座と呼ぶ方が相応しいかもしれない。

 なぜ、そのような物がここに産れたのか。

 

 

 そして、これもどういう技術なのだろうか、宙に浮いた不可思議で、半透明なディスプレイボードが青年の目の前に出現した。

 それは、アニメやゲームでよく見かけるホログラムディスプレイのような物であった。


 青年はそのディスプレイボードを知っていた……というと語弊が生まれてしまう。

 しかし、彼にとって、それは見覚えのあるものだった。

 

 オンライントレーディングカードゲーム「Earth of empire」のUI(User interface)。

 そして、所謂タイル系に分類されると言われる、ハニカム構造に区切られたMAP画面に領土を広げていく、戦略シュミレーションゲーム「crossing of kings」のUI。

 その二つが同居した様な画面が、ディスプレイボードの画面に映されていた。

 ディスプレイボードの上部には名前だろうか。

 

『クニシラセ』と書かれていた。

 

「……初期デッキを決めてください?」

 青年の蚊の鳴くような消えそうな声。

 青年の虚ろな目が表すように、頭がはっきり働いていないのか、声に出さないと頭がしっかりと理解してくれない様だ。

 

 昔からである。

 青年は幼少の頃より、時折意識がはっきりしなくなる事があった。

 そして、そういう時に限って意識が戻った時には、同級生に暴力をふるっていたり、自分の住んでいる町から、3駅も離れた町に居たり……ろくなことにならなかった。

 

 青年の親たちも、これは尋常でないと、病院での検査や、何かおかしな者でも憑いているのかと、御社でお祓いを試して見たこともあった。

 しかし、あいにくと症状が、改善されることは無く、高校を卒業しても彼らはその症状に悩まされる事となった。


 青年が両親を恨みに思うことは無かった。

 しかし、結果的に性格は穏やか、学業や運動の成績も優秀であったにも拘らず、時折、誰かに操られた様に振る舞う青年を、両親は不気味に思い、家族仲は決して良良いものでは無かった。

 

(デッキ……? デッキって何の……? ……あ……そうか、EOEのデッキか。それの初期デッキ……?)


 クニシラセには、いくつかのデッキ名が並んでいる。

 それらは、環境が変わる度にスターターデッキとして販売され、青年も始めいくらか買って遊んだ記憶のある構築済みデッキ達だ。 

 

「Angel&demon。懐かしいな……。このゲームを始めてやった時に買ったデッキだ。」

 

 ------初期デッキが決定されました。 created Angel&demon


 青年は名を呟いただけだった。

 しかし、それが選択したと認識されたのだろう。


 初期デッキは勝手に決められてしまった。

 しかし、それに対して、青年は特に反応を示さなかった。

 青年はクニシラセに表示されている慣れ親しんだカード達を、ただ愛おし気に眺めていた。

 

 ※レア→R アンコモン→UC コモン→C Cは表記を省略


 Angel&Demon


ユニット(17)


R翼の大天使ネルフィリア×1


R致命の暗殺者マカ×1


UC日輪の天使アモル×1


UC月光の天使ティ×1


バリスタ部隊×2


悪鬼の戦士×2


漂う霊魂×2


蠢くインプ団×2


真面目な民兵×2


活発な農民団×3



呪文(7)


R輪廻の揺り籠×1


極光×2


霊魂召来×3


まがまがしい号令×1



土地(16)


UC幽霊町×2


草原×4


城×1


大聖堂×1


墓地×3


洞窟×2


湿地×3

 

 ボードには手札が表示された。

 

 

 バリスタ部隊 4マナ 2/3 行動終了:敵ユニットに2点ダメージ

 活発な農民団  1マナ 0/1

 蠢くインプ団 2マナ 1/1

 大天使の極光 5マナ 呪文 場にあるカードを一つ破壊

 霊魂召来   2マナ 呪文 1/1ゴーストトークンを2体召喚

 城

 墓地



 また、クニシラセに文字が表示されている。


--------首都を設置してください。


 手札の土地カードが、明滅を繰り返していた。


 EOE(Earth of empire)は一ターンに一枚だけ、土地カードというモノを場に出す事が出来る。

 そして、その土地カードは毎ターン、その土地に対応した属性のマナ(もしくは無属性マナ)を生み出し、各カード達はマナコストという物が設定されており、その生み出されたマナを消費することで、何らかの効果を発揮する事が出来るのだ。

 

 青年は画面上、手札欄で明滅をくりかえす「墓地」「城」……その2枚のうち「城」のカードに触れる。

 

 ※土地:城 毎ターン光のマナを生み出す。⑥:貴方のユニットは+0/+2の修正を受ける



 グラグラと突如地面が揺れ始め、それが収まった時、青年の周囲は白磁世界のままである。

 しかし、クニシラセのCOK(Crossing of kings)のUI部分、そのMAP画面に城が表示されていた。

 

--------首都が設立されました。国名と貴方の名前を教えてください。

 

 青年は唯一の趣味としてゲームを愛していた。

 

 国名:ミコ・サルウェ、名称:アニムを設定する。

 

 その名前は、語感が好きで他のゲームでも良く使いまわしていた物である。


 翻訳ソフトに入力すると「Mico salve」ラテン語で「こんにちはフラッシュ」。

「Anim」は「マインド」。

 意味不明であるし、心や精神ではなく、何故「マインド」なのか。

 そちらは翻訳ソフトの精度も多分に影響しているのかもしれない。

 



 ▼▼▼

 EOEのチュートリアルへようこそ。

 トレーディングカードゲーム(TCG)、Earth of empire(EOE)は5つの勢力が争い、同盟を結び、裏切り、互いに覇権を巡って争っている世界だ。


 プレイヤーは5つの勢力の一つ、あるいは2つ以上の同盟を結んで、最低60枚以上でデッキを構築し、君好みのデッキで対戦相手と戦うTCGだ。


 さあ、プレイしてみよう。

 デッキをシャッフルしたら、手札と呼ばれる手持ちのカード7枚を引こう。


 自分のターンが開始したら、まず行動準備フェイズだ。

 今は、場にカードがないので何も起きないが、行動終了状態のユニットや、土地と呼ばれるカードを未行動の状態へ戻す事が出来るぞ。


 次にドローフェイズ。

 ドローフェイズはデッキからカードを一枚引くことが出来る。

 ただし、先行のプレイヤーは先行の優位がある代わりに、最初のターンはカードが引けないんだ。

 バランスを取る為、後攻のプレイヤーにはハンドアドバンテージをプレゼントしよう。


 次にメインフェイズ。

 このフェイズでプレイヤーは様々な物を、召喚、設置出来るんだ。

 瞬間呪文以外の呪文は、このフェイズにしか唱える事ができないから注意してくれ。

 

 まずは手札から土地カードを設置しよう。

 土地はプレイヤーの力の源泉だ。

 土地は毎ターンマナと呼ばれるエネルギーを産み出し、それを使ってプレイヤーは様々な呪文を唱える事が出来る。

 このカードを見てくれ。


  ぺイルマーク槍兵  光①

   先制

           1/2


 このユニットカードの名前、その右に書いてある、属性と数字の組み合わせがあるだろう?

 これがマナコストと言われるものだ。

 色は、光のマナを生み出すカードから産出されたマナでしか支払うこと出来ない。

 

 そして、数字は無属性のマナコスト、どんな方法で生み出されたマナであっても支払うことができる。

 つまり、このユニットを召喚するには、光1マナと無属性1マナ、計2マナで召喚できるユニットということになるね。

 右下の1/2というのは、攻撃力/防御力ということだよ。

 

 勢力には様々な特徴があって、例えば光属性のテーマは「法」。

 

 光属性は兵士や聖職者、騎士や天使などのユニット中心とした勢力。ゲームに様々な追加のルールを付け加え、場をコントロールするのが得意だよ。

 

 闇は悪魔や裏社会、吸血鬼や死霊といった邪悪な化け物などのユニットが中心になっており、属性のテーマは「悪」。

 

 割と何でも出来るけど、悪事には常にリスクが伴う、カードパワーの強力なカードが多い反面、デメリットの有るカードも散見される。

 また、特化したものという物もあまりないので、上手くデッキを組まないと器用貧乏になってしまうという事もある。

 比較的慣れたプレイヤー向けの勢力だ。

 

 土属性のテーマは「絆」。エルフや獣、虫などのユニットを中心とした勢力であり、個にして全、全にして個。

 ユニットを出すことでユニット全体に様々な効果を及ぼすカードが多い。 

 全体的にサイズは小粒か、精々が中型といったサイズのユニットが多い代わりに、3体も並ぶとそれぞれのシナジー効果で恐ろしい力を発揮したりもする。


 水属性のテーマは「巨」。ホントに巨大な生物というものは、陸よりも海に多いんだ。

 8マナや9マナといった、超巨大ユニットと、その召喚をサポートするカードや、土地を追加で設置するカード、ドローカード等が多い勢力だ。


 火属性のテーマは「怒」。彼らは世界に怒り、自分に対して怒り、怒ることが無いことに怒っている。

 そして、ついには狂った。

 その狂気を具現化した火属性のカード達には、最早、理屈も常識も通用しない。

 それは自分でも想像しえない事象を引き起こすだろう。

 




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