第8話「命がけの大冒険」
”何年かに1度くらいいるんですよ。面白半分でゲートを越えてしまう子供が。あの時もそんな連絡を受けまして。
その場合は監視所に詰めてる奴が連絡を受けて見つける事になってるんだけど、あの日は、監視小屋に電話が通じなかった。
断線の可能性もあるし二次被害が怖いからって、隊長判断で人を送るのは止めた。翌朝確認に行く事になったんだけど。あの時に限ってなんだか嫌な予感がしてね……”
背後からエンジン音が響いた時、マリアたちは監視小屋に向けて歩いていた。
やはり何かが起きていて、レンジャーが集まってきたのだろうか? あるいは自分達を探しに来た?
思えば、連れ戻されるかも知れないと警戒しながら進んだことが幸いした。トラックが停車した時、3人と1匹は茂みに飛び込んだ。
線路がある方からやって来たようだ。幌の中から大人たちがぞろぞろ降りてきた。全員が
「”中尉”、ここから先トラックは無理です」
中尉と呼ばれた男性がリーダーらしい。顔を見て悲鳴を上げかけた。右の頬からこめかみに向けて、大きな火傷の跡があったからだ。
中尉はぺっと唾を吐き出して、「おい」とだけ声を出した。それだけで部下たちはきびきび動き出す。
荷台から降りてきたのは唯一レンジャーの制服を着た壮年の男性だ。
「この先に監視小屋がある。そこで夜を過ごすといい」
どうやら監視小屋は満席になったようだ。
これで時点でマリアたちの野営は確定した。
「地図は?」
手を差し出す中尉は無表情で、そこから感情は読み取れない。
レンジャーの男は折りたたんだ地図を渡した。中尉はそれを器用に畳みなおし、無言で眺めている。
「地形だけでなく地竜の巣や危険な植物の場所も記入しておいた。これで私の仕事は終わりだな。約束通り報酬を……」
立ち上がりかけた。
隼人が肩を押さえてくれなければそのまま絶叫していただろう。
拳銃を抜いた中尉が、レンジャーの頭を撃ち抜いたからだ。
「……おい」
部下の1人が死体の横に座り込む。荷物を物色しているようだ。
「明朝出発する。2名は小屋に残ってトラックを守れ。
中尉は運び出された巨大な木箱をあごでしゃくってから、その場を去った。
首の梱包? 誰の首だ?
決まっている。人の首にあんな大きな木箱を用意するわけがない。彼らは、白竜を狙っている。
息を殺してやり過ごす時間は、小説にあるように無限に長く感じたりはしなかった。
音をたてないように、声を出さないように。そればかり考えていたら、密猟者たちは居なくなっていた。
「白竜を助けっ……」
開口一番予想通りの言葉を吐いたのはリッキーだ。
隼人はそれを遮って、首を振った。
「話は後。獣道を探して隠れる場所を見つけよう」
3人はそろりそろりと茂みを出ていく。
リッキーは震える手でパフを抱きしめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「白竜を助けよう!」
リッキーは先ほどの言葉を言い直す。3人が座れる場所を見つけて、ようやく安堵の息を吐いた時だった。
「どうやってです? その3発しかない二十なんたらでですか?」
余裕がなくなったせいだろう。普段は気を付けていた棘が出た。
それにはまるで気付かない具合である。ただ目の前の状況にひたすら焦っている。そんな様子だ。
「白竜だけじゃない! パフだってこのままじゃ危険だよ!」
「きゅ、きゅー!」
名指しされたパフが顔の高さまで飛んできて、「自分は大丈夫!」とでも言いたげに胸を張って見せるが、リッキーはそれを横に押しのけた。
「連れて先に進んだらもっと危ないじゃないですか!」
そこまで言われて彼も冷静になる。
暮れかけた陽に照らされた山頂はゲートの上から見るより遠く感じた。
リッキーはパフや仲間たちを見比べ、最後に山頂を見上げると、ただうなだれる。
「そもそもですけど、十人ちょっとの人間に白竜がやられたりするんですか?」
「それは何とも言えん。老竜は寝ている事が多いって言うから、こっそり爆弾とか仕掛けられたら……」
そんな話をされるとマリアにも自信は無い。
20年前、地球で起きた欧州大戦では、物凄い兵器がいっぱい開発されたらしい。というのは父の話だ。
その中に竜殺しの武器があるのかも知れない。
「あとなんだが……」
隼人が言いにくそうに口を開いた。
こいつは変なお追従を言わない代わりに、悪い材料も容赦なく指摘してくる。
「そもそもあいつらがゲートに見張りを残してたらもう詰みなんじゃないか? ゲートに結び付けた弦がそのままだから、多分警戒されてる」
「あっ!」
完全に失念していた。弦もそうだが、裂けて使えなくなった麦わら帽子も、あのまま放ってある。
「そういえば、薬莢も拾ってない!」
青ざめるリッキーのいう事は分からないが、何か危険な失態であるらしい。
自分達が囚われたりしたら……。
その先は簡単に想像がついた。
メローラには非常時の心得も教わっている。
犯罪に巻き込まれた時どんな目に遭うかも。
パフは何処かの好事家に売り飛ばされるだろう。竜神教徒がそれをやれば社会から排斥されるが、例えば地球まで持ち込んでしまえばもうどうしようもない。後は実験動物になって
マリアはやはり売り飛ばされる。父が何とかしてくれはするだろうが、恥さらしの汚名も一緒に持ち帰る事だろう。
隼人とリッキーは……。
わざわざ連れてゆく手間は取らないだろう。恐らく先程のレンジャーと同じように……。
想像はそこで終わった。ぴくりとも動かずに仰臥するレンジャーの姿が浮かんだからだ。
酷い傷口や大量の血を見たわけでは無い。ただ先ほどまで生きて会話していたものが、木や石のようにただ”そこにあるだけの存在”になり果てる。
その姿が彼女の精神に深い傷痕を刻んだ。
こみあげてくる胃酸を、手近な木の根に吐き出していた。
リッキーが腰を浮かせて背中を撫でてくれる。
胃を空っぽにして体を持ち上げた時、2人の顔も真っ青だった。
それでもマリアに水筒を差し出してくれた。
「……2人とも、提案がある」
顔を上げたリッキーからは、先ほどの焦りや衝動は感じなかった。
「奇遇だな。俺もだ」
口角を上げた隼人が言う。はっきり言って怯えが顔に出ているが、本人としては不敵な笑いのつもりなのだろう。
退路が断たれて活路が一点に絞られたことが、かえって2人に覚悟を決めさせたのだろう。
リッキーと隼人が下した決断は、ただひとつ。
密猟者より山頂にたどり着き、白竜に危機を知らせる事だ。
「ちょっと待ってください! それならここで隠れていると言う手も! 流石に大人も探しに来ているでしょうし……」
隼人は静かに首を振った。
「だけど、このままだとパフはみなしごになっちゃうだろ?」
衝撃で体が震えた。
母が亡くなった時の記憶は断片的だ。幼くて憶えていないのではない。呆然とする中、次々とやって来る出来事を頭が処理できず、やっと泣けるようになったのはどれだけ後だったか。
「きゅうぅ……」
パフが不安そうにこちらを見上げる。
それでもマリアたちを巻き込みたくない気持ちもあって揺れている。夢想でしかないがそんな気がした。
「パフは俺たちの仲間だろ?」
念押ししてくる隼人からは、いつもの人を食った笑いが消え失せ、ただ切実なまなざしが残された。
いつになく真剣。いや、きっと本当はずっと真剣だったんだろうな。
だって、こいつも……。
「それを言うのはずるいですよ。まったく……」
やるしかない。
自分も腹をくくったが、感情まで追随するかは別だ。だから不満そうな顔を装って、憎まれ口を叩いた。
「戻ったら、ちゃんとお父様に土下座してもらいますからね?」
「きゅー!」
そう言ったら、パフが顔面に飛びついて、頭を擦り付けてきた。
ついに自分もやられてしまったが、悪い気はしなかった。重たくて首が痛かったけど。
こうして、「ひと夏のちょっとした冒険」は「命がけの大冒険」に変わったのだった。
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