第13話 Turn Over(1)
ほんの数分前まで藤巻は、病院の三階にあるリハビリテーションで歩行器具を使いながら、ゆっくりと足を動かす練習をしていたはずだった。
突然の避難指示を促す放送に驚きながらも、その指示に従ってリハビリテーションを出た藤巻を襲ったのは、強い風と熱であった。
背後からの強い衝撃に襲われた藤巻の身体は、宙へと飛ばされていた。
自分の足がリノリウムの床から離れていくのをはっきりと感じながら、スローモーションで崩れていく壁や床の様子を藤巻はじっと見つめていた。
再び衝撃に襲われた。今度は先ほどとは非にならないほどの衝撃だった。
気づくと、藤巻の身体はアスファルトの地面へと叩きつけられており、強烈な痛みが身体の中を走り抜けた。
落ちたのは三階からだった。通常の人間であれば死んでいるだろうし、もし死ななかったとしても全身を強く打ち、骨や内臓はただでは済まない状態だろう。しかし、藤巻の身体はどこにも異常は見受けられなかった。
それどころか、動けるのである。少し前まで、リハビリステーションで歩行器具を使いながら必死に歩こうとしていた男が、いまは自分の足で地面に立ち、何事もなかったかのように歩くことが出来るのだ。
身体についたホコリを払うかのように全身を手のひらで叩いた藤巻は、自分の身体に何の異常も無いことを再確認してから、病院の敷地内を歩いた。病院の周りは大きな塀で囲まれており、塀を乗り越えて外に出るのは不可能に等しかった。
仕方なく、藤巻は病院の出入り口となっている場所を目指して歩きはじめた。
どうやって自分がこの病院に運ばれてきたのか。それは藤巻の知らないことだった。目が覚めた時、藤巻は病院にいたのだ。
先ほどまで藤巻のいた場所――病院の三階にあるリハビリステーションは、木っ端みじんに吹き飛んでおり、鉄骨が剥き出しの状態となっていた。
何かが爆発した。それだけは、藤巻にもわかった。病院だから酸素装置の類もあっただろう。それに引火したことによって、大きな爆発となったのかもしれない。
辺りにはコンクリート片や割れたガラスの破片などが散らばっていた。藤巻は裸足だった。リハビリ室にいた時は、院内用のスリッパを履いていたはずだったが、先ほどの爆発でどこかへ飛ばされてしまったのだろう。
どこからか、銃声のような乾いた音が聞こえた。それも単発ではなく、連続してである。
ここに留まるのは危険かもしれない。藤巻はそう判断して、走りはじめた。
なんだか不思議な感覚だった。まるで自分の身体が自分のものではないような感覚を藤巻は味わっていた。
体が軽く、そして力がみなぎってくるのだ。
『ターンオーバー。デッドマン・ウイルスは反転する』
それは昨日タブレット端末で藤巻が見た学術講演会でアメリカの大学の教授が講演していた内容だった。
何割かの確率で、デッドマン・ウイルスに対する抗体を持つ人間がいるそうだ。そして、その人間はウイルスに感染しても、デッドマンにならずに反転するのだとか。
ターンオーバー。その教授はそう言っていた。それがどういう意味なのかは藤巻にはわからなかった。
自分もそのターンオーバーを果たした人間なのだろうか。
確か、ターンオーバーできる人間は感染者のうち0.009%しかいないと、その教授は語っていたはずだ。
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