第12話 Run away(4)
しばらく走っていると、突然銃声のような乾いた音が聞こえてきた。
一発や二発ではない。その音は断続的に聞こえている。
車の速度が落ちた。
どうしたのかと思い、玲奈がフロントガラスの方へと目を向けると、そこには黒煙をあげながら燃える車があった。
一台の乗用車にトラックやライトバンが突っ込んでいる。
どうやら、衝突事故を起こしたようだ。
先頭にいた乗用車は見る影もないくらいに大破しており、真っ黒な煙をモクモクと吐き出しながら燃えていた。
乗っていた人は無事なのだろうか。そう思うよりも先に、考えたのはデッドマンがいないかということだった。
衝突のきっかけ、それは運転手がデッドマン化してしまったからだろう。そのデッドマン化した運転手がどこの車両に乗っていたのか。そして、そのデッドマンはまだ動ける状態にあるのか。そこを見極める必要があった。
「小鳥さん、前っ!」
響が叫ぶように言った。
燃え盛る車の脇を通るために、小鳥の視線は右側にある燃え盛る車へと行っていたのだ。
小鳥が響の言葉に反応して視線を正面へと向けた時、長い髪を振り乱した女が車のフロントガラスにへばりついてきたところだった。
「ひっ!」
思わず小鳥は悲鳴に近い声を上げてしまう。
女は完全にデッドマン化している状態であり、焦点の合わない黒目がちな瞳をぎょろぎょろと動かしていた。
小鳥が咄嗟に取った行動。それはワイパーを動かすということだった。
人はパニックになると何をするかわからない。
ワイパーはフロントガラスにへばりついた女の顔を撫でていく。もちろん、その程度では女を振り落とすことが出来るわけがなかった。
続いて小鳥はクラクションを鳴らした。
「やめてぇーーーーーーーー!」
そして、アクセルを一気に踏み込む。
メルセデスのタイヤが甲高い音を立てた。
急加速。
後部座席から身を乗り出すようにフロントガラスを見ていた玲奈と響は、重力によって体を後方へと引っ張られる。
「小鳥さんっ!」
玲奈はそう叫んだつもりだったが、声は出ていなかった。
体が座席シートに押さえつけられたかのようになり、シートベルトが食い込む。
肺が苦しく、胃がせり上がってくるような感覚に襲われる。
スピードメーターは140キロを超えていた。
車は黒煙の中を突き進んで行く。
フロントガラスにへばりついていた女のデッドマンは、あまりのスピードに耐えきれず、どこかへと飛ばされていった。
黒煙を抜けると、道が急に開けた。
道路上に停まっている車はすべて端に寄せられている。
少し先にブルドーザーと数台の装甲車が停まっているのが見えた。装甲車の車体にはPSSのロゴが入っていた。
「小鳥さん、スピードを落としてっ!」
玲奈と響が同時に叫ぶ。
ようやくパニック状態から解放された小鳥がアクセルペダルから足を離し、車は速度を落としていく。
正面に見える装甲車の上部に取り付けられている機関銃のようなものがこちらに狙いを定めているのがはっきりとわかった。
小鳥は車を目一杯減速させて、装甲車から50メートルほど手前で車を停めると、抵抗の意志はないと言わんばかりに両手をハンドルの上に上げてみせた。
「運転手さん、降りてきてください。同乗者の方は、まだ車の中に」
装甲車に取り付けられた拡声器から指示が出される。
小鳥は後ろを振り返って玲奈と響に頷くと、運転席のドアを開けて車外へと出た。
「両手を頭よりも上に挙げて」
そう言いながら、ヘルメット、ゴーグル、フェイスマスクといった装備で身を固めたPSSの武装警備員が近づいてくる。警備員の肩からは小型の機関銃がぶら下がっていた。
「感染者は?」
「いません」
武装警備員の質問に小鳥が答える。
「発熱者はいない模様」
別の武装警備員が手に持った機械を小鳥に向けた後、車の方にも向けてから発言する。
「全員、降りて。これから検査をするから」
武装警備員にそう促され、玲奈と響は車から降りた。
三人は近くにあったテントへと案内される。
その時だった。
急に近くにいた武装警備員が叫んだ。
「安全確保っ! 二時の方向にデッドマン」
玲奈たちはテントの奥に入るように促され、武装警備員たちが慌ただしく走り出す。
乾いた銃声が鳴り響く。
これは現実なのだろうか。玲奈はテントの隅で身を小さくしながら、そんなことを考えていた。
「クリア。被害なし。デッドマンは処理済み」
玲奈たちの近くにいた武装警備員の肩に装着されていた無線機が伝えてくる。
しばらく緊張状態になっていたが、玲奈たちはテント内で唾液による抗体検査を行った。三人とも陰性。身分証などの確認も行われ、PSSが確保しているホテルへと案内された。
このエリアはPSSが完全掌握している安全エリアであった。
周囲はPSSの武装警備員たちで固められており、デッドマンが近づいてくれば容赦なく排除を行っている。
「これでひとまず安心ね」
ホテルのエレベーターに乗り込んだ小鳥が、玲奈と響に向かって笑みを浮かべながら言った。
久しぶりに笑顔を見た。玲奈は小鳥の笑顔を見て、そんなことを思っていた。
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