第4話 Prime Minister(3)
「総理、厚生労働大臣から報告があるそうです」
「わかった」
佐伯秘書官が待機していた菅野厚生労働大臣に声を掛けると、菅野はゆっくりうなずいてから、背筋をピンと伸ばして三島の方へと歩いてきた。
菅野はいつもと同じ白のスカートスーツ姿で、足元はハイヒールだった。
「三島総理、ウイルスの発生源について厚労省で調査しました」
「ほう。それで」
「とある事件が関係しているようです」
菅野はそういって、紙の束を三島の前に差し出した。
「これは……」
紙の束を受け取った三島はパラパラとページをめくった。
全国の感染者数、発症から狂暴化するまでの時間、発症後の狂暴化指数など様々なデータが書き込まれている。
その中で三島は見覚えのある名前を見つけて手を止めた。
明智欣也。29歳。生態学研究の第一人者。元帝国大学教授。
顔写真付きで載っているが、その顔は証明写真で撮られたもののようで、無表情のままじっと正面を見据えていた。
東京都文京区で発生した連続誘拐殺人事件の実行犯であり、死刑囚として東京拘置所に収容中。供述によれば38人を実験目的で殺害している。
「明智か。この明智欣也に話を聞けば、この事態を打開できるということでいいのかね、菅野大臣」
「はい。厚労省の調べた結果では、そうなっています」
「現在、東京拘置所はどうなっているのかね」
「それは、法務大臣に聞いてみないとわかりません」
菅野の言葉に、三島はちらりと浅岡次郎の隣に座る金森法務大臣へと視線を送った。
金森は浅岡のトークショーに捕まっている真っ最中だった。
おしゃべり浅岡のトークショーといえば、与野党含めて有名なことだった。
一度捕まえた相手は自分の話したいことが終わるまでは絶対に逃がさない。
会話の内容は、浅岡の好きな映画、小説の話から政治論まで幅広い。
ただ浅岡に気に入られていれば政界でも長生きが出来るということは確かなので、みな浅岡のことをぞんざいに扱うことも出来ずにいた。
「佐伯くん、金森大臣をこちらへ」
三島の言葉に佐伯秘書官は嫌な役割を押し付けられたものだと思いながら、金森と浅岡の座る席へと向かっていった。
金森が三島のとろこへやってきたのは、それから五分後のことだった。
佐伯が話の切れ目を見つけて、金森に声をかけて、ようやく連れてくることが出来たのだ。
「金森大臣に聞きたいことがありましてね」
「なんでしょうか」
「東京拘置所だが、行くことは可能かね」
「え、総理がですか」
「まさか。私は行かないよ。例えば……そうだな、金森大臣が行くとしたら」
「無理ですよ。無理。あそこはいま陸の孤島になっています。高い塀があるから外部からの侵入はできませんが」
「内部で感染者は出ていないんだろう」
「そうですね。職員や受刑者から感染者が出たという報告は受けていません」
「ヘリポートが屋上にあっただろう」
「ええ、ありますけど」
「じゃあ、決まりだな」
「何がですか」
嫌な予感を覚えた金森が額の汗をぬぐいながらいう。
「金森大臣、東京拘置所へ行って一人の死刑囚をここへ連れてきてくれ」
「え……私がですか?」
「君以外に法務大臣はいるのかね」
意地の悪い顔だ。
佐伯秘書官は、三島の顔を遠くから眺めながらそんなことを思っていた。
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