第6話 Rush hour Train(2)
エレベータに乗り込み、一階にある集積所にゴミの詰まった袋を置くと、駐輪所に停めてある自転車で駅へと向かう。
いつもと同じ月曜日。
駅から乗る電車は超がつくほどの満員で、無理やり押し込められるかのようにしながら会社のある駅まで運ばれていく。
満員電車の中で周囲に女性がいると、できるだけつり革に手を伸ばすようにする。
痴漢冤罪対策というやつだ。
余計な疑いが掛かることを考えれば仕方のないことだ。
西郷は自分をそう納得させながら、なんとか両手でつり革を掴んでいた。
「ちょっと!」
車内に女性の甲高い声が響いた。
一瞬、車内の空気が凍りつく。
痴漢。西郷の脳裏にその二文字がよぎった。
声がしたのは西郷の後ろの方だった。
どんな状況なのか見たいけれども、車内は動きが取れないほど満員のため諦めるしかなかった。
「なにやってんだよ、お前」
今度は男のだみ声。
声からすると四十代ぐらいだろうか。
低い声を腹の底から出したような感じの声だった。
「ちょ、いや、やめて、痛いっ」
再び女の声。
いったい何が起きているんだ。
痛いってどういうことだ。暴力でも振るわれたのか。
西郷は気になって仕方がなかったが後ろを見ることはできず、妄想だけがどんどんと膨らんでいった。
「おい、やめろっ。やめろって、なんだこいつ……ちょ、ちょっと、ちょっとやめろ。おい、やめろ。痛っ、痛い。だ、誰か、助けてくれ」
男の悲鳴。
男の周りにいた人たちが逃げようと動き出したために、西郷の体は後ろからの圧力を受ける。
前にいるのは小柄なスーツ姿の女性だ。
多少なりとも壁になってやらなければならない。
そう思っては見たものの、後ろから来る圧力に耐えることはできず、そのままの勢いで前に立っている女性に突っ込んでいった。
車内のあちこちから悲鳴が上がった。
押された人間は本能的に押し返そうとする。
しかし、押し返せるほどの力はなく、ドアの近くにいる人間などは人とドアの間に潰されるような形になってしまっていた。
一体なにが起きているのだろうか。
西郷は押されながら、体を上手く動かして圧力が来る方向へと首を向けることに成功した。
最初に抱いた感情は後悔だった。
好奇心など持たなければよかったと。
西郷が目にしたもの、それは中年の禿げ上がった親父の顔面に噛み付いている茶髪の女子高生の姿だった。
目をこれでもかというぐらいに見開き、この世のものとは思えないような形相をしている。
噛み付かれている親父は、必死に女子高生の顔を引き離そうとしているが、女子高生の前歯がしっかりと親父の鼻に食い込んでおり、それ以上力をこめて引き離そうとすれば鼻がもげてしまいそうになっている。
それだけではない。
親父は下唇の一部が消失しており、口を閉じていても下の歯茎が見えている状態だった。
もちろん、親父の顔は血塗れであり、噛み付いている女子高生も返り血を浴びて顔面を真っ赤に染めていた。
吐き気がした。
朝食べたトーストと卵焼きが胃からせり上がってくる気配がある。
甲高いブレーキ音と共に電車が駅に滑り込んだ。
ドアが開くと同時に車両内にいた乗客たちは我先にとホームへ飛び出す。
西郷も他の乗客たちの動きに流されるようにして、ホームへと降り立ったが、足が震えており上手く歩けなかった。
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