古井戸
🔴「おめえがいけよ」
「おめえが先だろ」
「さっき石拳(じゃんけん)しただろうが」
3人の子供たちが立っているのは、古井戸の前。
昨日、3人で山を探検しているときに偶然、見つけたのです。
深さは10尺(3メートル)ほどでしょうか。
未の刻(14時)ほどでしたから、わずかながら底まで光が届きました。
水はないようでした。
空井戸です。
そのときは、のぞいてみただけでした。
しかし山から下りるとき、与一がこんなことを言い出しました。
「うちのじいが言ってたけど、この山にはお宝が埋められてるって。あの井戸の底にあるんでねえ?」
残り2人はなにも反応しません。どうやら聞こえないふりをしているみたいです。
「オラたちがお宝を見つけたら、すげえことになるべ」
それでも反応なし。
「庄助、ひょっとして震えてるのけ?」
与一が顔をのぞきこむと、3人の頭領格で、いつもしきりたがる庄助はムキになって言い返しました。
「震えてるわけねーだろが。明日、下りてお宝を探すぞ。与一、綱を持ってこい。文吉は掘る道具じゃ」
翌日。
与一が納屋から持ち出してきた綱が木に結ばれ、反対の端は古井戸の中へ垂らされました。
あれほど意気込んでいた庄助ですが、いざとなったら下りる順番を石拳で決めようと言い出します。
結局、文吉、庄助、与一の順番に。
1番最初に下りる羽目になった文吉の顔は、今にも泣き出しそう。
庄助に強く言われて、しぶしぶ綱をつかんで下り始めます。
とはいえ、深さは10尺ほど。
いわば、屋根から地面に下りるようなもの。
しかも下りている様子は、古井戸のフチにかじりついている残り2人によってしっかり見守られているので、文吉はさほど怖くなかったようです。
あっという間に底へ着きました。
底をペタペタさわり、「けっこう堅いな」と言っていたかと思ったら、なにやらびっくりした声。
「ここにも穴があるぞ!」
どうやら井戸の底に横穴があったようです。
無責任にも、「入れ! 入れ!」と叫ぶ庄助と与一。
多少はモジモジするかと思ったのですが、予想に反し、文吉は不思議なほどスルスルと四つん這いで入っていきました。
それっきり戻ってきません。
小半刻(15分)経過。
「それにしても遅いべ」
庄助と与一はため息をつきます。
四半刻(30分)経過。
「なにしてるだ?」
2人は顔を見合わせます。
これはおかしいと、大人を呼びにいこうとしたとき、井戸からこんな声が聞こえてきました。
「お宝があったぞー! 早く下りてこーい」
急に目の色が変わる庄助。
綱を握っていた与一を突き飛ばし、「次はオラっちの番だろ」と言い放って下りていきました。
庄助が底へ着き、横穴へ入っていったのを確認するやいなや、急いで下り始める与一。
けれども、井戸の底へ足を着けた途端、異様な臭いに襲われました。
クンクンと辺りを嗅いでみると、どうやら臭いは横穴から漂ってくるようです。
身をかがめて、中をのぞきこみました。
穴の奥は真っ暗で、なにも見えません。
でも、なんの音でしょうか、「ズルッ、ズルッ」とすれるような音。
生ぐさい臭いは、やはり横穴の奥からでした。
またなにか音が聞こえました。
「ヨイチ……ヨイチ……」
聞き間違いでしょうか、そんなふうに聞こえます。
与一は心臓が口から飛び出しそうな恐怖に襲われながら、穴の奥へ目をこらしました。
だんだん暗闇に慣れてきた与一の目に映ったものは?
大きく開けた口にのみこまれようとしている、庄助の首でした。
その目は助けを求めるように、カッと見開かれ、唇はこわばり、一声も発せられないようです。
ほんの数分前まで無邪気に輝いていた顔が、今は絶望し、おびえています。
「それ」は穴いっぱいに広がる体を、ゆっくりゆっくり動かしました。
そのたびに、庄助の首がゆらゆらゆれ、まるで夜道で出会う提灯のよう。
与一は気づきました。
「それ」の喉元あたりで、なにかがうごめいていることを。
皮というか、皮膚というか、表面が盛り上がり、ああ、それは文吉の顔が浮き出ているのでした。
鼻だ、目だ、口だ。
まだ生きてるんでねえのか。
しかし、「それ」の体のうねりとともに、文吉の顔はすぐに見えなくなりました。
やがて、「それ」の口が閉じられ、庄助の首も。
「ヒッ!」
庄助の最期の声でした。
与一が助かったのは、「それ」が文吉と庄助を消化するのに手間どったから。
もし順番が最後でなければ、与一が食われていたのです。
穴でうごめく「それ」は、なんだったのでしょうか?
今でも古井戸の底にひそんでいるのかもしれません。
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