第59話 プレーリー魔力測定

 嘉承には、カッコウの子育てという謎の慣例がある。嘉承家に子供が生まれると、例外なく瑞祥家で育てられるというものだ。魔力器官が壊れてしまったお父様が、楚我の残党や鋳鹿の狂信者の襲撃から不比等とその子孫を守るために、瑞祥の祖である朝臣に託した願い。その願いは、不比等の周りにもいた妖にも託された。


 1400年の間、妖達は、曙光玉の中で不比等を待っていた。


 そして、生まれたのが私だ。ごめんね、私は不比等じゃないんだよ。私の中にいるのは、ツッコミ属性のトリさんだから。


「不比等のお父様、いつも思うけど、愛が重いよね」

「まぁ、そう言ってやるな。魔力器官が壊れて、動揺してたんだろ」


 父様が苦笑しながら、私の頭をぽんぽんと二度叩いた。いやいや、動揺して、あの大きさで質の水晶玉が1600個とか、どんな動揺ぶりだよ。当時の国家財政が揺らいでないことを祈るよ。


「若様、こいつらは、どうなさいますか」


 牧田がプレーリー兄弟に視線を向けた。相変わらず、床の上で完全にヘソ天でのびている四匹のプレーリードッグには、まるで緊張感がなく、ちょっと脱力してしまう。


「せっかくなんで、ちょっとだけ実験に協力してもらおっか。敵を知るのは大事だよね」


 自分が対峙するという確率が俄然高まったところで、いきなり態度を変える風見鶏という自覚あるけど、得体の知れない相手だからね。少しでも情報が欲しい。喜代水は、いつでも私のお手伝いを喜んでするって茶釜の叔父様も仰ったしね。なら、喜んでお手伝いをしてもらおうか。


「若様、今、いいお顔をされていますよ。さ、とりあえず、先ずは、これで」


 牧田の言う私のいい顔というのは、私が悪い顔をした時だ。嬉しそうに、気絶したプレーリー兄弟の一匹の首根っこを掴んで私に手渡してくる。牧田、持ち方っ!


 慌てて牧田から、プレーリーの兄弟を全員引き取って、私の【風壁】の中に避難させる。その間に、食堂にいた皆は、わいわいと言いながら動き出した。


「えーと、一番端は、嘉承だから、ふーちゃんは、ここかな。瑞祥と東条がいないとなると、次は西条かな」

「二条は、慎ましく、こっちの端で」

「あ、三条は、二条の横で」

「北条よりは四条じゃないのか」

「いや、火の北条に勝てるはずがない」


 何やかんや言いながら、おじさま達は、皆、楽しそうだ。比較対象を増やすため、南条家に、梅園侯爵と鞍作父を任せて、叔母様たちにも戻ってもらう。両端の嘉承家と二条家は、すぐに決まったが、その間が難しいらしい。元々、土と水と風と火では、何を持って強いとするかによって順位が全く異なって来る。結局、制御力などの技量の部分は無視して、純粋な魔力保有量だけで順位を決めようとなった。当然ながら、そのヒエラルキーのトップは、父様だ。制御が考慮されれば、お祖父さまが並ぶはずなんだけどね。東条がいないので、その次に、しれっと立っている頼子叔母様と、これだけの面子の中にあっても、間に立てる東久迩先生には驚愕だ。さすがだよ。もう何も言えない。


 側近四家の中では、一番下は、二条家だ。二匹の品のいい猫が、「てへっ」と照れたように立っている姿は、なんとも可愛らしい。中身はおじさんとおじいさんだけど。二条は魔力が小さくても、その職人のような魔力使いのオタク技による猫人形の愛らしさで、魔力持ち界のトップに君臨していいよ、もう。


「よし、ふー、毛玉を起こせよ」


 お祖父さまが、そう言いながら、牧田と父様を促して食堂の外に出た。うん、納得の人外枠だね。プレーリー兄弟を、ちょんちょんとつついて、起こす。


「皆、起きて。お菓子が食べられるよ」

「えっ、お菓子ですか?」


 四匹とも、ぱちりと目を開けて跳び起きた。これだから、妖は・・・。


「うん、お仕事が終わったらね。今から、皆の魔力をみてもらえる?誰が、斑鳩で見た黒い魔力持ちと同じくらいの魔力を持っているか教えて欲しいんだ。終わったら、稲荷屋のお菓子を用意させるから」


 私が説明すると、プレーリーの兄弟は怯えて四匹で固まってしまった。


「いいですけどぉー」


 いつも明るく元気な妖なのに、今日は言い淀むな。


「魔力持ちはー、怖いのでー」

「若様にー引っ付いていていいですかー」


 私も魔力持ちなんだけどね。魔力持ちが怖いからと、魔力持ちに引っ付きたがるプレーリー兄弟に思わず苦笑してしまう。意味が分からないよ。


「いいよ」


 返事をすると、わき腹にがっつりと四つの毛玉が張り付いた。ちょっと暑い。それでなくとも、私の腹周りには、いつも余計なお布団がくっついているからね。


「先生、こちらは準備が出来ましたよ」


 一番最初は、霊泉先生だ。


「私は、大丈夫だろう。霊泉は、先祖代々、人畜無害な学者の家だから」


 魔力器官が壊れて魔力がなくなった賀茂さんが、審判をかって出てくれて、プレーリー兄弟の様子を確認してくれている。


「はい、霊泉は大丈夫ですね。次は、二条家、お願いします」


 賀茂さん、交通整理も上手いよね。二条の猫親子が、やってくると、プレーリー兄弟は、身を乗り出した。


「魔力のある猫ですねー。化け猫はー、かわいいですー」


 二条家、怯えられるどころか、懐かれてるよ。化け猫認定されちゃってるし。


「はい、二条家、ご苦労様です。次は三条家」


 三条の柊おじいさまと椿おじさまが前に来ると、プレーリー兄弟がきゅっと抱きついて来た。それでも気絶するほどではないらしい。まぁ、水は、一部を除いて、癒しの魔力とも言われているからね。


「三条家、ありがとうございました。次は、東久迩の大姫、お願いします」


 出たよ。西都名物、百鬼夜行の副官。これは、私が気絶したいよ。プレーリー兄弟がきゅきゅきゅっと抱きついてきたが、まだ大丈夫そうだ。根性があるな、プレーリー。


「大姫、ありがとうございます。四条家の御二人、次、お願いします」


 それから、意外なことに、四条、北条、西条と続いても、プレーリー兄弟は、私に、更に強く抱きついてきても、全く気絶する様子を見せなかった。南条と東条がいないので、次に現れたのは 百鬼夜行の頭領、西都の姫たちの憧れ、西都総督府の嘉承頼子閣下だった。


 瞬間、プレーリーが全員、ぱたりと気絶した。


 うん、まぁ、そうだろうね。ものすごく納得のいく結果だよ。なんなら、私も仲間に入りたいくらいだ。賀茂さんも苦笑を隠せないようだ。西条が、外にいた魔王と冥王と狼王を呼び戻した。


「ええー、その、嘉承の大姫レベルの魔力になると、これくらいの妖には毒になるということですかね。もちろん、この妖たちが、闇の魔力持ちを見たのは、屋外で、なおかつ距離がありましたから、条件の再現性という点では不確かな部分は否めませんが、言えることは、嘉承の大姫の魔力レベルでマックスと見積もれば良いということですね」


 賀茂さんの説明に、父様が首を傾げた。


「賀茂さん、魔力じゃなくて、妹の殺気で気絶したんじゃないですか」


 うん、それ。それは私も思ったよ。


「いえ、あの。大姫は、普通に立っていらしただけですからね。それはないと・・・思うんですよ?」


 賀茂さん、何故、そこで疑問符がついちゃうかな。気持ちはお察ししますけど。


「兄さまは、本当に失礼ですわね。でも、私と同レベルというなら、上等ですわ。お父様、私に、その謎の魔力持ちの相手をさせて下さいな。風と違い、火なら、闇が相手でも問題はありません」


 頼子叔母様が、そう宣言すると、北条と西条が大きく頷いた。これが、私に火の次代の側近がいない理由の一つだ。叔母様は、火こそ最強と信じて疑わない火の魔力至高主義を掲げて憚らない。これが、西条や北条の一族には胸のすく思いがするらしい。お祖父さまと父様は完全二属性だから、絶対に風をないがしろにするような発言はしないからね。しかも、当代の父様は、どちらかというと風の魔力を多用しているし、その息子の私は、四属性で、土で人形やゴーレムを作ってから、それに火を纏わせるという変則的な使い方をしているから、正統派の火の魔力持ちからすると、物足りないこと、この上ないんだろうね。


「いや、頼子。闇の魔力持ちは、ふーが片付けるから、お前は西都を守っていろ」


 父様が静かに言うと、叔母様がキッと睨んだ。怖い。私はこれで気絶できる自信があるよ。父様、もう叔母様に任せちゃおうよ。何もわざわざ七歳児を扱き使わなくても。


「私は、お父様に申し上げましたの。兄さまが返事をしないでくださいませ」


 つんと鼻をあげて父様の言葉を無視しようとする叔母様に、お祖父さまが、宥めるように仰った。


「頼、今は敦人が嘉承の当主だ」

「悪いな、サブ子。お前も嘉承なら、当主の言葉には従ってもらうぞ。文句があるなら、茶釜を名乗れ。ぎゃはははははは」


 瞬間、食堂の中の温度が急激に上がった。父様は、何でいつも叔母様が絡むと、こう大人げがないんだろう。叔母様をわざと怒らせているよね。瞬間、燃え上がった火柱に、全員が避難する。私も【風壁】の中でプレーリー兄弟を抱えて、部屋の隅に移動した。二条の猫親子は、また地中に潜ったようだ。四条の姿もない。土は逃げ足が速いよ。


「あーあ、まただよ」


 賀茂さんと霊泉先生と一緒に、水の結界の中にいる椿おじさまが、げっそりとしたお顔で、ぼやいた。お父さまと一条がいないので、【回復】や結界で、三条家は大忙しだ。うちの大人げない大人たちが、ごめんね、おじさま。紅蓮の炎に囲まれながら、三条家のいる方向に向かって合掌した。


 ヤモリ君もプレーリー兄弟も、気絶したままだ。気絶はいいよね。私もしちゃおうかなぁと現実逃避をすること数分。南条の織比古おじさまが、焦った顔で、食堂に入って来た。


「敦ちゃん、大変だ。うわっ、熱い、何これ。ちょっと、今は、遊んでいる場合じゃないんだって」


 南条の深奥【風鞭】で炎を扇いで、火の中に道を作り、父様に向かって、もう一度叫んだ。


「敦ちゃん、梅園が逃げたっ!」


 瞬間、火が止んだ。呆れながら避難していた皆の視線が織比古おじさまに集まる。


「三条、すぐに来てくれ。親父がやられた」

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