先輩が泣いて喜んでくれた

雑貨屋へ寄り、俺は何か良いものがないかと陳列棚を覗く。


「どうしたの愁くん。まさかオシャレに目覚めた?」

「そ、そんなところです……。ほら、先輩に相応しい恋人にならなきゃですし、少しはだしなみに気を使わないとですよね」


「自然のままでいいと思うけどな~」

「いえ、少しでも自分を変えていきたいんです」


陰りの強い自分を少しは変えたい、というのは間違いではないが、それよりも先輩へのサプライズプレゼントだ。

せっかくだからな、ドッキリ並みに驚かせてやろう。


俺はさりげなくアクセサリーコーナーへ足を運ぶ。普段だったら、絶対に踏み入れることのない陽キャ専用通路。

そのせいか、足が鈍くなるが……ていうか、どれを買えばいいんだ。


ネックレス? ピアス? 腕輪とか……んー、分からん。


どれを買えば先輩が喜んでくれるのかな。


「えっと……愁くん、無理しなくていいよ? 今のままでも十分にカッコ良いし」


先輩は何か勘違いしているのか、俺の手を握って励ましてくれた。どういう心配なんだか。いや、だけど嬉しい。ありのままの俺でもいいと先輩は言ってくれた。

なら、無理にチャラくなる必要はなさそうだ。


ともかく、プレゼントを……お、そっか。これ・・はいいかもしれない。


たまたま目に入ったアクセサリーに決めた。

値段も思ったより安い。


あとは先輩をいったん遠ざけねば。



「先輩、あっちのチョーカーとかどうです?」

「え……これ?」

「はい、先輩に似合うと思いますが」

「…………ぇ、愁くん……これ」


なぜか先輩が顔を真っ赤にしてしまった。チョーカーを手に取ってぷるぷる震えていた。……俺、なにか言ったっけ。


「ど、どうしました?」

「愁くん、このチョーカーって拘束具のような長いチェーンついてるよ。これって……えっちなヤツ……だよね」


よく見ると両手・両足のセットもあった。――って、これはデジャラスな大人の道具! なぜこんなところに陳列されているんだ!!


……まあ、こういう雑貨のお店だから、なんでもあるわけか。


「も、申し訳ないです。先輩、俺は他のものを買ってくるので……それ戻しておいて下さい」


「ええッ!? ちょっと、愁くん!」



涙目の先輩を置いて、俺はレジへ向かった。



* * *



店の外で合流を果たすと、先輩は泣きながら俺の胸をポカポカ叩いてきた。可愛すぎかッ。


「ちょ、先輩……」

「愁くんのバカバカバカバカ!!」

「すみません。どうしても急いでいたもので」

「酷いよ……。おかげで爽やかなサラリーマンの人に怪訝けげんな顔で見られちゃって……恥ずかしかったよ」


「それはタイミングの悪い。申し訳なかったです」

「もー、責任取ってよね」

「もちろんです。では、今までのお詫びをしたいのでこちらへ」


「え? お詫び?」



俺は先輩を手招きして、休憩コーナーへ。

ベンチへ腰掛け、さきほど入手したプレゼントを渡した。



「はい、先輩」

「こ、これは何……?」

「お詫びです。でも、それ以上かも」


「……なんだろう。開けていい?」

「はい、もちろんです」



不思議そうに小包を開封していく先輩。すると、そこにはてのひらサイズの小箱が。



「これは……」

「開けて見てください」



パカッと開封すると、中には『指輪』があった。三千円の安物だけど、学生ではこれが限界だ。



「え、これ指輪……」

「そうです。婚約指輪ですよ」


ちょっと冗談も交えて俺は言った。すると、先輩はボロボロ泣き出した。雨のように滝のように。



「…………」


「……せ、先輩!?」

「う、嬉しい……愁くんがわたしにプレゼントしてくれるなんて……。これが初めて、だったから……」


どうやら嬉し泣きらしい。

めっちゃ喜んでくれた。良かったぁ……と、安心している場合ではない。周囲の人々が何故か俺を憎しみと呪いの眼差しでにらんでいる。なんで!


ええい、野次馬なんて無視だ。


「これはノットリングっていうらしいです。結び目があるのが特徴ですね。縁結びのご利益もありそうですね。で、金と銀のセットとなっています」

「わぁ、可愛いね。じゃあおそろいにしよっか」


先輩が俺に金の方をくれた。


「こっちは派手ですね。できれば銀がいいですが」

「んー、愁くんって金のイメージだけどね。ほら、秋のイチョウって感じ」

「ああ、銀杏いちょう黄葉もみじことですか」

「うん。だからピッタリじゃないかな」

「分かりました。では俺が金で、先輩が銀ですね」


「うん。愁くん……指輪をめてくれる?」


先輩は左手薬指をそっと差し出す。

馬鹿な俺でもこの儀式の意味が分かる。たまたま見ていたドラマで知ったんだけど、これは婚約あるいは結婚指輪をつける位置だ。まさかこの知識が役に立つ日が来ようとは。一生使わないと思っていたのに。



「先輩、エンゲージリングの扱いで良いんですか」

「その方が嬉しいから」

「では、遠慮なく」


俺はそっと先輩の薬指にリングを通していく。……周囲からジロジロ見られて恥ずかしいけど、関係ない。


「ありがとう、愁くん。わたし、とっても幸せ」

「先輩に喜んでもらえて俺も嬉しいです。次は給料三ヶ月分を頑張りますね」

「あはは、そのフレーズ古いね。ていうか、よく知ってるね」


「親父の受け売りです」

「そっかそっか」


先輩は嬉しそうに俺の肩に小さな頭を委ねてきた。そして手を絡め――恋人繋ぎ。……なんだか、凄いイチャイチャモードになってきた。


でも、幸せだ……。

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