恋人のふりを続けてく決意

空はあかねいろに染まっている。

先輩を家まで送るため、俺は同行することに。

こうして一緒に歩くと周囲からも目立つようで、いつになく他人の視線が増えているように思えた。


先輩が『ツブヤイター』で少し有名になった影響もあるのだろうか。


「先輩の家って結構近いんですよね」

「そこまで遠くはないかな。徒歩で通学してるし」

「ああ、そっか。実家暮らしです?」

「愁くん……もしかして、わたしの家が知りたいの?」


「そ、それは――まあ、はい。正直、知りたいです」

「素直でよろしい。じゃあ、今日は家まで案内するね」

「いいんですか。俺に住所を教えるようなものですよ」

「大丈夫。愁くんこと信頼しているもん。それに、恋人のふりをしてもらわないと困るし」


爽やかな笑みを向けてくれる先輩。黒髪が風でなびいて綺麗だ……。


「そうですよね。今日のバイトで先輩の顔が広まったと思うので心配です」

「うん、だから余計に恋人のふりしないとね」


ぎゅっと手を繋いでくれて、俺は顔が熱くなった。やばい……沸騰しそうだ。もうこの状態では先輩の顔を直視できない。

前を向くことしかできなかった。



――そうして、先輩の家の前に到着。



「ここが先輩の家?」

「やっぱり……変、だよね」

「変っていうか……これ、武家屋敷っすよ」



とんでもない広さの土地に、和風の屋敷がズドンと建っている。ちょっとしたお城だぞ、これは。

立派というか何と言うか、こんな荘厳な屋敷に住んでいたとは。



「ちょっと上がってく?」

「え! で、でも……先輩のご両親とかと対面したら、俺なんて言えばいいんですか!?」


「恋人って紹介するよ。実は、ふりをして欲しいんだよね」



なんてこった。ここに来ても“ふり”の必要があったわけか。



「理由を聞いても?」

「あー…、実はね。父からお見合いの話を持ち掛けられていて……」

「マジっすか! その相手、嫌なんですか」

「嫌っていうか……わたしは愁くんみたいな優しい人が好みタイプだから」


「なるほど、それでは仕方ないですね」



――って。うん!?


先輩今、さりげなく凄いことを言った気が。



「だからね、愁くんに恋人のふりを家でもして欲しいの」

「一気にハードルが上がりますね。でも、分かりました。先輩の為ならひと肌脱ぎましょう」


「良かった。わたしも愁くんを守るからね」

「お願いします、先輩」


「うん。じゃあ、案内するね」



手を引っ張られ、俺は武家屋敷に入った。

……うわ、庭が凄く広い。おどしがあるじゃないか。あの竹筒が“カコン”って音を響かせるアレだ。


プロの庭師が施したような庭園が広がっていた。池もあるし……ここは大河ドラマの中かなと錯覚してしまう。



「先輩の家ってどうなっているんですか」

「その、えっと……和泉家って豪商の家系だったみたい。だから裕福で、この家が代々継がれているみたい」


そういうことか。先輩のただならぬ気品とか大和やまと撫子なでしこな部分とか――全部、血筋なのかもしれない。


異世界の冒険者ギルドから一転、まさかのリアル屋敷とはな。



玄関まで来ると、ガラッと扉が開いた。

そこには何故か執事の格好をした高齢の男性がいた。白髪白髭で渋い顔立ちだ。ていうか……武家屋敷に執事?



「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま、ジークフリート」



執事の名前らしい。

外国人の方なのか。



「お嬢様、こちらの方は?」

「後輩の愁くんよ。ちょっと家に上がって貰うから」


「そうでしたか。学校をサボってご学友と遊ばれていたとは……ご主人様がお怒りでしたよ」


「じ、事情があるの。あとでわたしから言っておくから」

「……分かりました。ではこちらへ」



まさか執事がいるとは。

ジークフリートについていくと、客間らしき部屋に通された。



「愁くん、座って」

「ありがとうございます、先輩」



座布団に座り、先輩と対面する形となった。

なんだこれ、部屋が広すぎて……あと静かすぎて落ち着かない。



「そんな緊張しないで」

「分かります?」

「だって愁くん、キョロキョロしてるから」

「こんな屋敷に招かれたのは人生で初めてで……圧倒されちゃってます」

「そっか。急でごめんね」


「いえ、いいんです。でも……」

「でも?」


この先を言うべきか悩んだ。

だが、俺の中で天秤が揺れ動いていた。

だから……確認の為にも先輩に聞いた。


「俺が本当に恋人役でいいんでしょうか……」

「それ、どういう意味?」


先輩は不安気な瞳を俺に向けた。


「その、急に先輩が遠い存在になったような気がして……俺なんかで本当にいいのかなって」

「釣り合わないとかそういう話かな。そんなの関係ないと思うよ。外国の話だけど、貴族と一般市民の人が結婚とかよくある話だし。それにね、わたしは愁くんが良いの」


「先輩……すみません、俺ちょっと弱気になっていました」

「いいよ。メンタルケアとか任せて、愁くんのこと支えてあげる」


……先輩が優しすぎて、俺は涙が出そうになった。


そうだ、偽りであろうと俺は先輩とこの関係を続けていく。守るって決めたばかりだ。ヘタレている場合じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る