先輩の気持ち

――負けた。


圧倒的敗北だった。

先輩はめちゃくちゃ強くて俺は手も足も出なかった。


「……つ、つえぇ」

「わたしの勝ちだね、愁くん」


ドヤッと先輩は胸を張った。相手が先輩なので不思議と悔しさはなかった。むしろ、なにを命令されるんだろうというドキドキ感があった。


「先輩がここまでお強いとは」

「言ったでしょ、父とゲームしてたって」

「ゲームが得意な先輩、かっこいいです」

「……っ!」


本当のことを言ったら、先輩は顔を真っ赤にしていた。もしかして照れてる?


「先輩、そろそろ帰りましょうか」

「そうだね、楽しんでいたらもうこんな時間」


あれから、ずっと格ゲーをやり続け一時間が経過していた。クレーンゲームとかもやりたかったけど、また今度かな。


立ち去ろうとしたけど、先輩はクレーンゲームの方へ足を向けた。……お、やりたいのかな。


「先輩、なにか欲しいのがあるんですか?」

「う、ううん。ちょっと視界に入っただけ」


先輩の見ていた筐体は――へえ、あの丸くて白いモコモコのぬいぐるみが欲しいのか。結構大きいな。

一か八か取ってみるかな。


「先輩、俺が取ってみますよ」

「え、でも……」

「任せて下さい。これでもクレーンゲームは得意なんですよ」


先輩の笑顔が見たい。

ただそれだけの為にがんばる。


俺は百円を投入してクレーンゲームを開始。


アームを巧みに動かし、ぬいぐるみの頭上へ落とす。パカッとアームが開いて景品を上手く掴んだ。……よしッ!


持ちあがる大きなぬいぐるみ。重量があるせいか、アームから落ちそうな予感が――いや、ガッシリ掴んでいる。


ま、まさか……一発なんてありえるのか?


アームはどんどん景品取り出し口へ向かっていく。



「愁くん、これ取れるんじゃない!?」

「そ、そうですね。なんかイケそうな気がしてきました」



正直、何千円も使う覚悟だった。だけど、これは取れそうだぞ。アームはついに取り出し口へ。


ギリギリのところでぬいぐるみを離し、穴へ落ちた。


瞬間、ゲットを知らせる祝福の鐘が鳴り響いた。



「す、すご!! 一発じゃん、愁くん!」

「あ、あはは……得意だって言ったでしょう、先輩。はい、ぬいぐるみ」



俺は先輩が欲しがっていた景品をプレゼント。

すると先輩はめちゃくちゃ嬉しそうに微笑んで――泣きそうになっていた。……な、なんて可憐。天使だ……天使がいる。



「本当に貰っていいの?」

「いいですよ。先輩の為に取りましたから」

「ありがとう」



俺も先輩の笑顔にありがとうと言いたい。

良かった、一発で取れて。



* * *



ショッピングモールを出て、家を目指す。

先輩はずっと例のぬいぐるみを抱きかかえていた。よっぽど気に入ったというか、欲しかったんだろうなあ。


「今日は楽しかったですよ、先輩」

「わたしもすっごく楽しかった。愁くんと一緒に過ごす時間はとても楽しい」


「せ、先輩……それ本当っすか」

「本当だよ。これからも一緒にいていい?」

「もちろんですよ! 俺も先輩と一緒がいいです」

「良かった。……あ、そういえば、なんでも言うこと聞いてくれるんだよね」


「……ぅ」


覚えていたか。

格ゲーで完全敗北した俺は、先輩の言うことを聞かねばならないのだ。


「もうすぐお別れだから、その前にお願いしていいかな」

「な、なにが望みですか?」


先輩は手招きした。

どうやら大きな声では言えないことらしい。

俺は耳を傾け、先輩に近づいた。



――すると、先輩は俺の頬にキスしてくれた。



「これが望み」

「…………せ、せんぱい」



頬であろうとキスはキス。


これは先輩の気持ちということだよな……。ということは、やっぱり先輩って俺のこと……。


やばい、頭が真っ白で処理が追い付かない。

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