EP19 トウコ


「それじゃ、新人にポーションを売る件はジェシカの案を採用したんだな?」

「ええ。今のところ上手くいっているわ」


 ジェシカのアイディアは画期的なものだった。


 まず、新人冒険者が難易度の高いクエストに出向く際、魔法で創り出したジェシカの分身をこっそり尾行させる。分身は少し離れた所から新人を見守り、万が一怪我をした場合は本体が出向いてポーションを手渡す、という算段だ。


 確かに怪我して切羽詰まってる状況なら藁にもすがる思いだろうし、違法薬品かどうかなんか気にしている余裕も無い。通報される恐れなく新人を助けられる素晴らしい仕組みだった。


 もちろん本当に危険な状況ならジェシカ自身が手を貸すが、それは新人の成長の為にもならないので、できるだけ静観するようにしているそうだ。


「ジェシカちゃんが楽しそうでなによりだわ。今日も張り切って出て行ったわよ」


 朝は山で製薬する俺の護衛。昼間は新人のサポート。そして夜は不良冒険者との取引。一日中駆け回っていて大変そうだが、彼女は人助けができるその行いにやりがいを見出しているようだった。



 そんなこんなで順調に裏稼業をこなしていたある日のこと。

 取引に向かったジェシカと別れ、ひとり道を歩んでいる時だった。路地裏から、不意に女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。


「いたい! いたい! いたい! いやぁ!」


 慌てて路地裏を覗き込むと、女性が男二人に組伏せられている現場がそこに。全員見たことない顔だが、服装的に冒険者のようだ。


「いたい! いたい! いたい! いやぁ!」


 見逃すこともできず、かと言って助けを呼ぶ余裕も無い。ここは俺がどうにかするしかないか。決意を固め、強化結晶を摂取し、俺は路地裏へと足を踏み入れた。


「おい。何やってるんだ」


 声をかけると、男二人の鋭い視線が返ってくる。二人ともスキンヘッドで口髭を生やしているが、片方は恰幅が良く、もう片方はガリガリという対象的な体格だった。


 凶暴そうな風貌。だが、装備の具合からして低級冒険者だろう。強化結晶でパワーアップしている状態なら勝ち目もあるかもしれない。


 覚悟を決めて相対する。しかし一方の男達は、


「チッ、人が来ちまった。おい、行くぞ」

「あぁ」


 拍子抜けするほど簡単に引き下がった。女性を開放し、逃げるように路地の反対側へ。


「いてて、くそ」


 開放された女性はのっそりと立ち上がり、着衣の乱れを正す。


「怪我はないか?」

「あぁ、大丈夫だ」


 ボサボサの短髪に、傷だらけの浅黒い肌。鋭い目付き。歯に銀色のグリルを嵌め込んでいて、笑うと不気味に煌めく。


「助かったよ。アタシはトウコ。よろしくな」



***



 トウコと名乗った女冒険者は、助けてくれた御礼にメシを奢ってくれると言う。特に断る理由も無かったので、お言葉に甘えることにした。二人で向かったのはタコス屋だ。


「そういや、アンタ名前は?」

「……ウォルトだ」


 今はサングラスを掛けていなかったのを思い出し、ひとまず本名を名乗っておくことにした。


「いやーほんと助かったよ、ウォルト。奴ら、アンタの姿を見るなりビビって逃げちまったな」

「あいつら誰だったんだ? 知り合いか?」

「いや、知らない連中だ。急に襲われたんだよ」


 俺にビビって逃げたという感じではなかったけどな。やけにあっさり引き下がったのが妙に引っかかる。

 そんな事を考えていると、注文していたタコスが運ばれてきた。


「うまそー」


 相当腹が減っていたのか、トウコは勢い良くがっつき始める。


「うまい! うまい! うまい! いぇあ!」


 うるせーなコイツ。


「俺のも美味いぞ。チリ味だ」

「チリは嫌いなんだ」

「そりゃ残念」

「やっぱり普通が一番! うまい! うまい! うまい! いぇあ!」


 マジうるせーなコイツ。一口食べる度にそれやるの?


「おいおい、鼻の下にタコスミートが付いてるぞ?」

「え、まじ? ずずずずす!」


 嘘でしょこの人。鼻でタコスの具を吸い込みやがった。ひくわー。


 少々ガサツで喧しい女だが、トウコは気さくで面白い奴だった。一見するとクレイジー・エイト達のような不良冒険者のようだが、意外や意外、Bランクの実力者らしい。

 ということはトウコを襲ってた二人組もそれ相応の実力者だったのだろうか。そうは見えなかったが。


「ウォルト、アンタ酒弱いのか? まだ一杯目なのにもう顔真っ赤だぞ?」


 やべ、強化結晶飲んだの忘れてた。頭がポワポワしている。


「それはそうと。コレ知ってるか?」


 トウコは懐から何かを取り出し、机にそっと置いた。

 透き通った青い結晶。俺の商品だった。


「な、なんだそれ。しらね」

「最近、冒険者の間で流行ってる裏の薬だ。市販薬より相当優れたモノなんだぜ」

「ふ、ふーん」

「エンバーグっていう奴が売ってるそうなんだ」

「へ、へぇ」


 何故急にそんな話を始めたのだろう。何か怖いので念のため俺がそのエンバーグ本人だとバレないようにしないと。


「あ、エンバーグ、そのソース取ってくれるか?」

「あいよ」

「え?」

「え?」


 クソが! どいつもこいつもカマかけてきやがって!


「やっぱり。アンタが裏のクスリ屋、エンバーグなんだな?」

「は、はぁー? なんのことだよ? 人違いだ」

「別に捕まえようとか衛兵に突き出そうとか考えてないぞ? アタシは、アンタと取引したいんだ」

「取引?」


 彼女の顔に不敵な笑みが浮かぶ。


「あぁ。アンタの商品、アタシが売り捌いてやろうか?」

「……あいにく、売り子は間に合ってるんだ」

「そうじゃない。アタシには色々とコネがあってな。アタシを仲介人にしないか、ってことだ」


 彼女にまとまった数の商品を卸さないか、という提案か。

 確かに、個々人にちまちま売るよりも、まとめて仲介人に卸した方が圧倒的に稼げる。


「……コネって、誰に売るつもりだ?」


 その質問を待ってましたとばかりに、自信満々な答えが返ってくる。


「例えば、傭兵団」


 ……なるほど。金で戦闘を請け負う傭兵団は、強さこそが命。俺の強化結晶とは相性が良い。それに、傭兵は不良冒険者以上にアウトローな印象があるので、通報される心配も少ないと思う。


「〈エスビノーサ〉って傭兵団に知り合いがいてな」

「!? 傭兵団の中でも最大手だろ?」

「あぁ。メンバーは五十人くらいだな」


 それだけの人数を一度に顧客にできるのは非常に魅力的な話だ。

 揺れ動いている俺の心を察したのか、トウコは次々と魅力的な言葉を投げかけてくる。


「アンタがアタシに大量に卸して、アタシが傭兵団に売る。アンタと傭兵団は直接顔を合わせる必要ない。もし傭兵団の連中やアタシがパクられたとしても、絶対にアンタには繋がらないから安心しろ」


 だけど……。


「分かってる。アタシが信用できないんだろ?」


 彼女は荷物入れから麻袋を取り出し、机にドサリと置くと、こちらに押し付けてきた。中身を見ずとも手触りで分かる。金だ。


「大金貨が180枚。180万バックスだ。まずは、それで買えるだけ買わせてくれ。もちろん定価で構わない」

「180万!?」


 思わぬ大金に咳き込んでしまった。


「1800個分……約4ポンド分だぞ? そんなに在庫無い」

「分かってる。先行投資だ。まずは金を受け取ってくれ。商品は後日で構わない」

「……良いのか? 俺が金を持ち逃げするかもしれないぞ?」

「アタシを信じて貰うための投資でもあるからな」


 今なら先日のソルさんの気持ちが理解できる。良く知らぬ相手に信用すると言われても正直困惑しかない。しかし数十分会話してみて、少なくとも悪い奴では無いかな、とは感じていた。


「何日で作れる?」

「三日あれば」


 ビジネスの規模をさらに拡大する絶好のチャンスだ。

 今まで上手く立ち回ってこれた。きっとこの取引も上手く行くはず。やってやろうじゃないか。

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