第55輝 困惑

「体験入学、しましょっか」

「はい?!」


 予想以上の無理難題に、俺はここから逃げることも忘れて愕然としてしまう。───体験入学ってそれ、魔法少女育成校のあそこにってことだろ?! 俺は男だぞ?!


「魔法省が魔法少女育成の為に設立した学校の1つ、鴟尾とびのお女学園中等部。そこへ体験入学して、魔法省についてしっかり見極めて着て頂戴」

「───正気ですか?」


 うん、完全同意だよリーテ。俺も正気にとは思えない。

 改めて芽衣さんの様子を窺うと、やはり本気なようで。───正直、今の俺みたいな正体も知らないどこの誰とも分からない人間をあの秘密まみれの学園に入れる意味が分からない。

 魔法少女のプライバシーやその他機密情報の漏洩防止のため、魔法少女育成校についての情報はほとんど何も明かされていない。そんな学校に魔法少女とはいえ野良の、身元不明の俺を体験入学させるのはあまりにも危険すぎるだろう。

 体験入学と言いつつ監視してそのまま飼い慣らす算段かとも思ったが、芽衣さんはそんなことはしないだろうし。上は知らないけど。


「勿論、正気よ? ───それと、その時は貴女が言うような『踏ん反り返っている』だけの老害共には手出しはさせない。どう?」


 リーテの懐疑の目を軽く受け流してから、もう一度俺の方に向き直る彼女の目を見て、「あ、これ、逃げれない奴だ」と理解するのにはそう時間はかからなかった。

 いよいよもって別の罪状で指名手配されそうだ……魔法省じゃなくて警察にお世話になることになるかも……

 流石に中学生、しかも女の子ばっかりのところに入るのは気が引けるっていうか本当に嫌だ。でもこの調子だと逃げれないし───逃げれないんだよなぁ……

 専門は暫く休学かな……休学届って電話1本で提出できたりしない? しないよなぁ……ってか現状電話も出来ないし……


「聞きたかったことはこれくらいかしら……それじゃあ、また来るわ。さっきの件も、その時に詳しく伝えるわね」

「え!? ちょっと!」


 どうしたもんかなぁ、と頭を捻っていると、芽衣さんは立ち上がってさっさと入口の方へ歩いて行ってしまう。

 せめて1回帰らせて欲しいんだけど。まぁ、その時はそのままとんずらするんだろうけどさ……

 そもそもこの体、戸籍とか諸々無くね?! まずくね?! 体験入学もクソもねぇよ!


「あ、そう言えば……最後に1つだけ質問させて。───っていう名前に聞き覚えはあるかしら?」


 悩みの種が増えて、余計に頭を捻るが妙案も何も出ず、頭がオーバーヒート仕掛けていた時、芽衣さんが新たな爆弾を投下してきた───

 今、なんて言った……? 聞き間違いでなければ───


「は……?」

「ヒジリ、この名前に聞き覚えは?」


 ───間違いない……俺の名前だッ!

 まさか今の数回の質問だけで俺に気がついたのか?!

 まっまさかそそっそんなわけななないよな? いや、え? まじ? 嘘嘘そんな訳はははは


「───いえ、無いなら無いでいいの。ええ」


 戸惑った俺は、せめてそれが顔に出ないように無表情を決め込んで何も返答出来ずにいると、芽衣さんはそのまま扉を開けて出て行ってしまった。その後ろをリーテが慌てたように追いかけて部屋を出て行く。

 ───最後、芽衣さんの横顔がどこか悲しそうだったのは、俺の見間違いだったのだろうか。

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