聖女の書

完菜

第1話 聖女の召喚

栞は、学校の教室で窓の外を見ていた。校庭の風景は、桜の花が咲き出して春を思わせる。栞は、誰もいなくなった放課後の教室で時間を持て余していた。


 あの桜が満開になる頃、栞はこの高校の三年生になる。溜息を吐きながら、栞はポツリと呟いた。


「つまらない……」


 その瞬間、大きな風が吹いてバンッと窓ガラスが割れそうな音がした。開いていた窓の白いカーテンが大きくはためき、窓際に置かれていた本がバサッと落ちた。


 栞は、落ちた本を拾おうと今いる窓辺から離れて、教室の後ろ側に移動した。すぐに、床に落ちてしまった本が目に入った。


 栞は、何か違和感を覚える。何だろう? 本が光っているみたい。


 栞が本に近づくと、古ぼけた茶色の本が淡くチカチカと光っている気がする。不思議に思いながらも、本に手を伸ばした。


 本に触れた瞬間――――


 身体に大きな力を感じた。咄嗟に栞は、目をぎゅっと瞑ってしまう。次に目を開けた時には、教室だったはずの空間が真っ白い場所に変わっていた。


 栞は、何が起こったのか分からずにグルリと周りに目をやる。見える範囲全てが、真っ白だった。


「何これ?」


 栞は、ポカンと口を開けて驚くしかできない。どれくらい、そうしていたのだろう? 栞は、手に持っていた本を思い出す。


 胸に抱えていた本を見ると、本の表紙には、掠れかけた文字で聖女の書と書かれていた。


「聖女の書?」


 栞が、呟きながら本を開いた。すると適当に開いた本のページから、白い煙がフワフワと漂い出て辺り一面を覆い尽くす。さらにキラキラと輝き出した。


 栞は、一体何か起こっているのか全く理解できない。もしかしたら、自分は眠りこけてしまって、夢をみているのかも知れなかった。


 コツコツっと、煙の中から誰か歩いてくる音がする。栞は、状況について行けずに呆然としていた。だんだんと近づく誰かの気配を感じて、怖くなって煙から距離を置く。


 コツコツコツ


 段々と姿を認めるようになる。煙の中から現れたのは、男性とも女性ともとれる容姿の人だった。白に近いシルバーの髪で、真っすぐで長い。それに、とても綺麗な顔だ。


 栞は、呆気にとられて言葉が出てこなかった。


「やあ。今回の聖女は君なのかな?」


 煙から出てきた人が、栞に話しかける。


「聖女って? ここはどこなんですか? あなたは誰ですか?」


 栞は、訳が分からなくて質問ばかりを口にする。


「なんだ、何も知らないで来たの? 本も読んでないの?」


 その人は、腰に手を当てて困ったといった表情を浮かべる。


「んー。説明から始めないといけないのか……。あいつを連れてくれば良かったな……」


 栞は、これは夢なんだと自分に言い聞かせる。


「これって夢ですよね?」


 そう、栞が困惑気味に言葉を漏らすと、突然その人に頬をつねられた。


「痛いです。やめて下さい!!」


 栞は、つねられた頬に手を当てて怒って睨みつけてしまう。


「痛いだろ? 夢じゃないよ。まー、簡単に言うと君が聖女として異世界に召喚されるって話だね」


 面倒くさそうな表情で、栞を見て言った。栞は、言われた言葉が信じられない。聖女として召喚って、本の中の話じゃあるまいし……。何言っているんだろう? 


 栞は、アニメや漫画で最近流行っている異世界召喚は知っていた。でも、それはあくまでもアニメや小説の中だけの話だ。本当に起こるなんて信じられる訳がない。


「そんなの信じられる訳ないじゃない。じゃあ、貴方は神様って事。笑っちゃう」


 栞は、改めて目の前に立っている人を見る。真っ白い肌をしていて、人とは違った美しさだった。栞は、だんだんと焦ってくる。冗談だよね? 異世界召喚なんてある訳ない。


「そうだね。君たちから見たら、神様ってところかな? とにかく、今回の聖女に君が選ばれたみたい。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。一年だけ、異世界に行って過ごして貰うだけだから。帰って来られないって事ないし、絶対に死なないし。元いた世界とは、時間の流れが違うからたった一日だけの事だし。じゃあ、とりあえず行ってもらってもいい? 行った先で説明を受ければいいよ。宣託を送っとくから。じゃー、よろしくね」


 神様と自分を呼ぶその人は、簡単に説明をした。しかも、拒否権なんてなくて、絶対に行かなければならないように……。


「えっ? 嘘でしょ? そんなの無理に決まっている」


 栞が、そう言葉にした瞬間――――。


 栞の足元の地面が抜けた。


「キャッ」


 真っ暗闇に落ちて行く。


「キャーーーーーーーーーーーーーーー」


 神様が、暗闇に向かって声を出す。


「あっ、もしかしたら今年は当たり年だったかもー。頑張ってねー」


 栞は、恐ろしさのあまり意識が遠のく。遠のいていく意識の中で、当たり年って何なんだよと罵っていた。


 次に目を開けた時には、見知らぬ部屋のベッドの中だった。さっき目にした出来事は夢で、漸く夢から覚めたと思ったはずが夢の中の世界が続いていた。


 栞は、体を起こしキョロキョロと辺りを見回す。心の中は、パニックに陥り叫び出したい衝動を必死で堪えていた。


 何が何だか分からない状態で、騒ぎを起こしてもっと最悪な事態になることを恐れた。


 目を覚ました部屋は、西洋風の格式高い家具が置かれていた。ベッドには天蓋があり、物語のお姫様が眠るような様式だった。


 一つだけ分かる事は、ここがどこだか分からないということ。全く見当も付かない。夢であって欲しいと思う心と、もう受け入れるしかないのではという心が戦っていた。


 栞が、ベッドから立ち上がると高校の制服を着たままだった。制服のヨレを直して、ゆっくりと部屋にある窓に近づく。


 もしかしたら、部屋は知らなくても、外はいつもの見知った景色が広がっているかも知れない。期待を胸に、窓の外を見る。


 栞は、目を見開き驚愕する。窓の外には、見たこともない風景が広がっていた。周りを大きな山々が囲み、遠くにはピンク色をした大きな湖が広がる。空には、栞が見たことがないような大きな何かが空を飛んでいた。


 真っ白い大きな翼をはためかせて、青い空を優雅に飛んでいる。建物に目をやると、白いレンガで建てられている大きなお城のようだった。


「何これ? 本当に異世界なの? 嘘でしょ?」


 栞は、目にしているものが信じられなくて言葉が口から零れていた。

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