転生相談所
三玉亞実
あなたが生まれ変わりたいものは何ですか。
時 不明
場所 異空間にある転生相談所
人物 相談員…転生先を決める者
死人…転生を願いたい者
魚A…生前はカタクチイワシ
人間A…生前は3歳の子ども
黒服A…相談所の警備員
子犬…生前は柴犬
◎転生相談所・中
辺り一面真っ白で、不自然に11個の個室が一列に横並びで建っている。それぞれドアの前で大勢の人間や動物、虫、魚などが列をなしている。彼らは前後のものと楽しげに会話している。
魚A「おれ、将来シャチになりたいんだよね」
人間A「どうして?」
魚A「だって、海の中では食物連鎖の頂点なんだぜ。食われずに済むじゃん。俺みたいなカタクチイワシと違って。長生きできそうだし」
人間A「へぇ、そうなんだ」
魚A「お前は?」
人間A「僕は犬かな」
魚A「なんで?」
人間A「何をしても"かわいい"って言われるからさ。生まれて早々にリタイアさせられた僕にとって見たら、犬が羨ましくてしょうがないよ。でも、一番の理由は……」
魚A「理由は?」
人間A「飢えに困らないってこと」
魚A「それが一番だよな」
人間Aと魚Aが話している中、最前列で立っている死人(推定23歳)、ボゥとしたような顔つきで立っている。その時、相談員の声が聞こえてくる。
相談員「次の方、どうぞ」
死人「はい」
死人、ドアをノックし、中に入る。
○同・個室内
中は広めで、机と椅子が二脚ある。一方は空で、もう一方は、リクルートスーツを着た相談員が無表情で座っている。
死人「失礼します」
相談員「腰を掛けてください」
死人、テーブルを挟んで空の椅子に腰をかける。
相談員「では、いくつか質問しますので、全て正直に答えてください」
死人「はい」
相談員「あなたの生前の名前を教えてください」
死人「
相談員「あなたは生前、どんな職業に就かれていましたか?」
死人「大学生です」
相談員「なるほど……では、アルバイトはされていましたか?」
死人「スーパーの肉売り場を担当していました」
相談員「いつ頃までやられていましたか
?」
死人「1ヶ月と2週間です」
相談員「なぜ止めたのですか?」
死人「こんな仕事を長く続けるのかと思うと辛くて、辞めてしまいました」
相談員「誰かに相談しましたか?」
死人「いや、誰にも」
相談員「ご自分の判断で……と。その仕事より学問の方を専念されたということですか?」
死人「いえ、休学しています」
相談員「なぜですか?」
死人「人生を見つめ直したかったからです」
相談員「何かなりたい職業とかはあったのですか?」
死人「漫画家です」
相談員「それは何故ですか?」
死人「小さいころからお話を作ったり、絵を描いたりするのが好きでした。ある漫画を読んでピーンと来まして、"僕もこんな漫画を書きたい!"って、思うようになって、それから……あ、すみません」
相談員「いえいえ……初めて笑顔を見せてくれましたね」
死人「(黙って頷く)」
相談員「さて、あなたの生前の行いは、この紙に全部まとめられていますので、確認します」
死人「よろしくお願いします」
相談員「ふみふむ……なるほど。小学生の時にイジメにあっていたんですね」
死人「そうですね。原因は何かは分からないですけど。たぶんバラエティ番組の企画のように、反応を楽しんでいたのでしょう」
相談員「ほう……中学生の頃はヤンチャされていますね」
死人「怒りが自分のアイデンティティーだと思っていました。今思えば、馬鹿だと思います」
相談員「高校生の頃は……特に問題はなさそうですね。大学生は……おや、一年留年されていますね。何故ですか?」
死人「漫画をコンテストに応募するのに忙しくて、授業に出られなかったんです」
相談員「それくらい熱中していた……と。でも、なぜ休学なんかを?順風満帆そうですが」
死人「コンテストの結果が思うようにうまくいかなくて。大学卒業までに結果を残したかったのですが、あっという間に四年生になって、就活をはじめなくてはならなくて……でも、夢を捨てきれないので休学にしました」
相談員「なるほど、なるほど……それだけ漫画家への思いは強いんですね」
死人「はい」
相談員「でしたら、夢半ばでここに来てしまったのは悲しいですね」
死人「えぇ……はい」
相談員「……はい。分かりました。では、最後の質問になりますが、あなたが転生したいものは何ですか?」
死人「歌の上手いショートヘアの女の子です」
相談員「何故ですか?」
死人「歌は老若男女に支持されますし、声が衰えない限りでは一生続けられると思うんです。それに女の子でしかできない経験も味わってみたいですし、何より……葬式の時に喪主の挨拶をしなくてすむ」
相談員「漫画家の道は諦めたんですか?」
死人「私には辛すぎました」
相談員「はい……以上で質問は終わりです。あなたが答えた内容と手元にある資料をもとに、あなたの転生先を決めたいと思います」
死人「よろしくお願いします」
相談員「……地獄です」
死人「……は?」
相談員「では、契約書にサインを……」
死人「ま、待ってください!なぜ……なぜ僕が地獄行きに?!何も悪いことはしてないでしょ!」
相談員「あなた、自殺されていますよね」
死人「(黙る)」
相談員「あなた、生前でも聞いたことがありませんか?『自殺した者は地獄行き』と。あなたがどんな人生を過ごそうと、自らの手で死を選んだ者は強制的に地獄行きです」
死人「そ、そんな……」
相談員「さらに言えば、あなた、幼少期に大勢の命を
死人「え?!そ、そんな事をした覚えは……」
相談員「蟻を踏み潰しましたね」
死人「あ、アリ……?」
相談員「はい。小学校の校庭の近くにあった蟻の巣です。そこには何百匹もの蟻達がせっせと運んでいました。その時、小学一年生のあなたがやってきました。あなたは彼らを見つけると、手当り次第に踏み潰して……」
死人「ま、待ってください!それも地獄行きになる要因なんですか?」
相談員「当然です。命の尊さに大小の優劣はございません。あなたは自分の立場が有利なのを良い事に、彼らの命を一時的な快楽のために利用したのです。あなたがやったのは大量虐殺と同じです」
死人「でも……」
相談員「虫だから別に殺してもいいと?彼らは何も言わないから?言葉が違うだけで、思いはあります。事実、過去にこの相談所で大量の蟻が訪れました。皆、口を揃えて言っていましたよ。"子どもに踏みつぶされた"って」
死人「(黙る)」
相談員「さらに、あなたは自殺した事を隠しました。これは偽証罪にあたります」
死人「そ、それは質問されなかったから……」
相談員「"もし何かしらの罪を犯してしまった場合、自白し懺悔してくだされば、考慮します"と、ドアの前に貼ってあった紙を読まなかったんですか?」
死人「え、えぇ」
相談員「最後のチャンスを逃しましたね。こうなってしまったら、地獄行きは決定事項になりました。変更の余地はありません」
死人「そ、そんな……」
相談員「自殺された後に残された人達の気持ちを考えずに、自分勝手な思いで命を絶ってしまったのだから当然の報いです」
死人「(黙る)」
相談員「私からは以上です。何かご質問は?」
死人「僕は……どれくらい罪を償わなければならないのでしょうか?」
相談員「そうですね。天界の場合は死んだ年齢から段々と若返って赤ん坊になってから現世に降りて来ますのが、地獄の場合ですとその10倍はかかります」
死人「ということは……230年ですか」
相談員「そうなりますね。ちなみに地獄から転生されてきた者は、現世でペナルティを受ける事になります」
死人「ペナルティ?」
相談員「はい。例えば……子どもの頃にイジメにあうとか」
死人「え?」
相談員「思春期に不良に走ったり、交通事故にあったり、誰かに殺されたり……あらゆる不幸が多い人生が訪れます」
死人「ちょっと待ってください。そうなると、僕の人生はペナルティを受けていたってことになりますよね?」
相談員「そうですね」
死人「僕の前世、何か罪を犯したんですか?」
相談員「それは守秘義務にあたりますので」
死人「ちくしょう!僕の前世め!お前が罪を犯したせいで、めちゃくちゃになったじゃないか!」
相談員「お静かに。他の方のご迷惑になります」
死人「なんてこった……なんで、どうしてだ!」
相談員「ちょっと誰か」
黒服A、登場する。
黒服A「お呼びでしょうか」
相談員「この方を"地獄課"までお連れして。くれぐれも慎重にね。もし何かあったら眠らせてもいいから」
黒服A「かしこまりました」
黒服A、死人の腕を掴む。
黒服A「さぁ、来るんだ」
死人「やめろ!離してくれ!」
死人、抗うも黒服の力に負けて、大人しく連れて行かれる。
突如、相談員の背後から少し離れた所に、エレベーターが出現する。ドアが開き、黒服Aと死人が中に入る。そして、下へと落ちていく。
相談員、ペンを置いて溜め息をつく。
相談員「まったく。こりない男ね。前世で、孤立した集落を襲って死刑に処されたというのに。堂々巡りね。まぁ、でも、ペナルティを乗り越えられなかったのは、生まれ変わった彼のせいだから、自業自得といえばそうかもしれない。人間って、生き物はどれもこれも罪を犯して生きている。これだから、嫌なのよ。毎回、面接をする度に犯した罪を見なくちゃいけない。あぁ、やだやだ」
すると、ドアをノックする音が聞こえる。
相談員「どうぞ」
ドアが開き、子犬が出てくる。相談員、それを見て先ほどとは表情を一変させ、愛想の良い顔になる。
子犬「失礼します」
相談員「どうぞ。お掛けになって。それとも"おすわり"って、言ったほうがいいかしら?」
子犬「どちらでもかまいません」
相談員「おりこうね。では、どうぞ」
子犬、椅子の上にちょこんと座る。
子犬「あの……」
相談員「はい、どうしたの?」
子犬「さっき、大声で怖い事を言っていたのが聞こえたんですけど……」
相談員「あぁ、ご心配なさらずに。あなた達は無条件で転生できますから。詰問するのは人間だけです」
子犬「そうですか……安心しました」
相談員「では、お聞きしましょう。あなたが生まれ変わりたいものはなんですか?」
完
転生相談所 三玉亞実 @mitama_ami
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