第33話 兄貴の告白

「つまり、兄貴が言ってるのは、母さんは俺達の母さんじゃなかったって事なのか?」

 全くもって理解し難い話ではあるのだが、俺が今まで母さんだと思ってきた母さんは俺達の母さんではなく、ジュエルの母さんだったという事らしい。

 愛情をもって育てたペットが人間になる事なんて珍しくはないのだが、こんなに長生きをするものなのだろうか。その辺は個体差もあるのだろうが、俺が生まれてから陽菜が生まれるまでの間なんて長い時間をペットが生きている事なんてありえないような気もしていた。

「お前は父さんが亡くなった時の事は覚えているか?」

「ハッキリとは覚えていないけど、兄貴がずっと手を握ってくれていたのは覚えているよ」

「その時に母さんがいたのは覚えているか?」

「母さんがいたかどうかは覚えていないな。正直に言うと、母さんの事で覚えている事はあまりないんだ。こんな言い方をしたらアレだけど、俺は母さんに育ててもらったというよりも兄貴に育ててもらったって言った方がしっくりくるんだよな」

「まあ、実際にお前を育てたのは俺だからな。お前が困ってる時はいつも俺が助けてやってたもんな」

 言われて思い出したのだが、俺が小学生の時にいじめられていた時もわざわざ学校まで助けに来てくれて先生たちに文句を言ってくれたのも兄貴であった。不登校気味で勉強が出来ない俺にわかりやすく教えてくれたのも兄貴だったし、両親がいない事でいじめられていた俺を助けてくれたのも兄貴だった。ん、両親がいない事でいじめられていたってどういうことだ。父さんは事故で亡くなってしまったけど、母さんはずっと家にいたと思うんだが。

「どうした。お前は母さんがいつから家にいるのか思い出したか?」

「いや、小学生と中学生の時の記憶はいじめられていたせいか曖昧なんだが、その時は母さんがいなかったような気もする。母さんじゃなくてばあちゃんが一緒だったような気がするんだけど、俺はばあちゃんと一緒に暮らしていたことがあるのか?」

「お前は覚えていないかもしれないけど、俺が高校を卒業して働くようになるまではばあちゃんが一緒に暮らしてくれてたんだぞ。お前はずっと部屋に引きこもっててほとんどばあちゃんと会ってなかったと思うけどさ、この家にはばあちゃんも住んでたんだよ。今はもうこの世にはいないけどさ、一緒に葬式に行ったんだけど覚えてないよな」

 俺は遠い記憶の中で何度か葬式に行った記憶はある。父さんの葬式の事は覚えているのだが、それ以外にも何度か葬式に行ったと思うのだ。父さんの葬式よりずっと昔にも葬式でお経を聞いた記憶はあるのだが、それが誰の葬式なのかは思い出せない。それと、父さんの後にあった葬式も誰のものだったのかは思い出せなかった。兄貴の話を聞いていると、それはばあちゃんの葬式の記憶なんだろうなと思うのだけれど、そうなると一番昔の葬式の記憶はいったい誰の葬式の記憶なんだろう。

「俺もハッキリと覚えているのは父さんとばあちゃんの葬式だけなんだけどさ、その他にも小さい時に葬式に行った事を覚えてたりするのかな?」

「葬式なのかは覚えてないけど、父さんと兄貴が黒い服を着て泣いていたのは何となく覚えているんだよな。それが何なのかはわからないけど、二人ともずっと泣いていたからよくない事なんだろうなってその時は思ってたんじゃないかな。ハッキリと覚えてはいないんだけど、それが葬式だったって言われたそうなのかもって思うよ」

 兄貴が話してくれていたことから考えてみると、一番最初に母さんの葬式があって、その後に父さんの葬式があって最後にばあちゃんの葬式があったという事になる。何となく覚えているのは父さんの葬式だけなのだが、こうして言われてみると過去にそんなことがあったんじゃないかと思えてきた。

「それで、俺達が母さんって言ってたのは俺達の母さんじゃないって事なんだよな?」

「ああ、俺達の母さんじゃなくて、ジュエルの母さんのサンなんだよ。ばあちゃんが無くなって少し経ってからサンを飼い始めたんだ。その時は俺も今みたいに在宅で出来る仕事をしてたわけじゃなかったんで防犯の意味とお前の自殺防止のためにサンを飼い始めたんだよ。あの時のお前はショックが重なって自暴自棄になってたからな。せっかく受かった高校にも行こうとしてなかったから心配になってたんだけど、寂しさを紛らわすためにアニマルセラピーでも初めて見るかって軽い気持ちだったんだよ。それがさ、お前には凄くあってたみたいで、サンを飼い始めてから今までの事が嘘みたいにお前も明るくなっていったんだよ」

「ごめん、それは全然覚えてないかも。ジュエルの他に犬を飼ってたってのも覚えてないんだよ」

「それは気にするな。お前はお前で大変だったんだからな。それで、普通に暮らせるようになったお前は学校にも行くようになったんだけど、家にいる時はずっとサンと一緒に過ごしていたんだよ。トイレに行くとき以外はずっと一緒だったと思うんだけど、ある時お前は急にサンの子供が欲しいって言いだしたんだぜ。俺はそれを聞いて焦ってしまったんだけど、ブリーダーさんに相談してみた所、ちょうどサンと同じ犬種の雄がいる事がわかったんで繁殖させてみることにしたんだ。そこで生まれたのがジュエルなんだけど、お前とサンは一緒にジュエルを育て始めたんだよ。その時にどういうわけかサンが人間になったんだ。何の前触れもなく気付いた時にはサンが人間になってたんだけど、お前はそれを見てサンだとは思わずに、小さい時に亡くなった母さんだと思ってしまっていたんだ」

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