第32話 千代子と兄貴の関係
「あのな、光紀。落ち着いて聞いてくれ」
「何だ、母さんが寂しがるからってジュエルと同じような犬を飼ったのかよ。母さんを驚かせようと思ったのに俺の方が驚いちゃったじゃないか。兄貴も意地が悪いな。こういうのは良くないと思うぜ」
「そうじゃなくてな、聞いてくれ」
兄貴は優しく陽菜を抱いたまま真剣な間差しを俺に向けてきた。兄貴が何を言おうとしているのかはわからないけれど、何となくいい事ではないような気はしていた。
「そこにいるのはジュエルではないのはもうわかってると思うが、光紀は誰だと思う?」
「誰って言われてもな。母さんの側にいるジュエルにしか見えないんだけど、ジュエルはここに居るし、ジュエルの兄弟か?」
「確かにジュエルに兄弟はいたけど今どこで何をやっているのかはわからないよ。ブリーダーさんのところに行けばどこにいるかわかるかもしれないけどさ、そんな事を調べたりはしないだろ」
「でも、こんなにジュエルに似てるんだぜ。それもさ、母さんの側にいる時のジュエルにそっくりじゃないか。今だって俺と母さんの事を交互に見てる時のジュエルそっくりな動きをしているぞ」
こんなにジュエルにそっくりなのにジュエルじゃないというのはどういう事なんだろう。見た目だけが似ている犬はよく見かけたりもするのだが、こうして行動まで似ているのは中々見つけられないだろう。犬の芸じゃないのだからわざわざ兄貴も教え祟りしないと思うのだが、やろうと思えばできるものなのだろうか。
「母さん、光紀が赤ちゃんを連れてきたよ。母さんの好きな光紀と母さんの好きな千代子ちゃんの子供だよ。どことなく二人に似てるだろ。ほら、匂いだって二人と一緒なんじゃないかな」
「おいおい、まだ母さんは戻ってきてないだろ。もしかしてだけど、母さんがジュエルになっちゃったドッキリでもしてるのか?」
「いや、ドッキリなんてしてないけど」
「じゃあ、早く母さんに見せてやろうよ。どこにいるのかな?」
「だから、ここに居るのが母さんなんだよ」
ここに居るのが母さんと言われても、誰も座ってない椅子とジュエルに似た犬がいるだけなのだ。誰も座っていない椅子に向かって陽菜を見せている兄貴は介護疲れで頭がおかしくなってしまったのかと思っていたのだが、千代子も兄貴と一緒になって誰も座っていない椅子に向かって話しかけているのだ。
いや、椅子に向かっているように見えるのだが、二人の視線の先にあるのは椅子ではなくジュエルによく似た犬なのだ。
千代子が兄貴と一緒になってこんなイタズラをするはずは無いのだが、何かがおかしい。あんなに大金を何のためらいもなく二人にくれるというのもおかしいことだと思うのだが、何か兄貴はやましいことでもしているのだろうか。それに千代子が関わっているとは考えにくいのだけれど、今の二人の様子を見ていると何かおかしいと思えてならない。
「なあ、二人で何か隠していることあるだろ。怒らないから言ってくれよ」
口ではそんなことを言っている俺ではあったが、内心は隠し事なんて何もないと言ってもらえるものだと思っていた。二人で俺に隠し事をするとすれば、俺には言えないような秘密の関係を持ってしまっていたという事なのだろう。だが、千代子にも兄貴にもそんな事をする人間には見えないし時間も無いだろう。
俺の質問に即答してもらえなかったという事で俺は不安な気持ちが大きくなっていたのだが、二人が黙っている時間が長くなるにつれて不安な気持ちがイライラへと変わっていくのが自分でもわかっていた。
「二人が何か俺に隠し事をしているのは知らなかったけどさ、今のうちに言ってくれた方が俺は嬉しいな。黙ってるままじゃ何もわからないよ」
俺は自分でもイライラしてきているのがわかっている。だが、その気持ちをどうしても抑えることが出来ずにいた。この状態で陽菜を抱いていなくて良かったなと思ったのだが、兄貴が陽菜を抱いている事に対しても少しずつイラ立ちが出てきていた。
「千代子はさ、自分の家に行くよりも先に俺の実家に行きたいって言ってたけどさ、自分の実家に帰る前に兄貴との秘密を打ち明けてスッキリしたいって思ってたって事なのかな?」
「そう言うわけじゃないよ。でも、これは私の口からは言えないよ。私からは言っていい事じゃないんだよ」
「意味がわかんないんだけど。それじゃあさ、兄貴の口から教えてくれよ。俺に内緒で何をしてたのかさ、教えてもらっても良いかな」
「わかった。落ち着いて聞いてくれ。その前に、陽菜ちゃんをベッドに寝かせてあげような。そうした方がお前も安心だろ?」
「ああ、そうだな。そうしてもらっても良いかな」
陽菜を千代子に渡した兄貴は車からベビーベッドを持ってきてくれていた。俺と千代子の間に割って入って心配そうに見ていたジュエルであったが、兄貴がベビーベッドを設置している間はずっとベビーベッドの周りを確かめるように回っていたのだった。
「じゃあ、陽菜もベッドで寝てるようだし、隠し事が何なのか教えてもらう事にしようか」
眠っている陽菜を守るように俺達の前に座ったジュエルであったが、そのすぐそばにジュエルそっくりの犬も寄ってきていた。その犬はジュエルと陽菜を守ってるようにも見えたのだが、ジュエルとは違ってあまり興味を示している感じはしなかったのだった。
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