佐倉光紀の物語

第27話 とある家族の形

 仕事中の事故で父さんが亡くなったのはまだ俺が小学生の時であった。父さんと最後にかわした会話は覚えていないのだが、兄貴と二人で亡くなった父さんの手を握っていたことは今でも忘れはしない。


 少しずつではあるが父さんが亡くなった年齢に近付いていることを実感しているのだが、あの時の父さんと比べて俺はちゃんとしているのだろうかという不安は拭い去ることは出来なかった。

 あの時小さかった犬のジュエルも今ではすっかりおじいちゃんになっているのだが、俺が仕事に行く前に日課としている散歩に行くときはとても嬉しそうにアピールしてくるのだ。父さんがいなくなって寂しく思っていた俺達を励まそうとしているのだとすぐに気付いて愛情を注いできたのだけれど、残念なことにジュエルは犬のままで人間になることは無かったのだ。

「父さんの代わりってわけじゃないけどさ、ジュエルが人間になっていたら俺の結婚式に出てもらいたかったな」

「父さんが生きていてくれたらそれが一番だったと思うけど、犬のままだったとしてもジュエルと一緒に写真くらいは撮れるだろ。あんまり母さんを困らせるような事はするなよ」

「それは分かってるけどさ、俺にとってジュエルは大切な家族だからな」

 父さんが亡くなってからは年の離れた兄貴と二人で母さんを支えてきたつもりなのだが、いつからか母さんは家の事を何もしなくなっていたのだ。父さんを失ったことがショックなのはわかるけれど、少しくらいは家の事をちゃんとやって欲しいと思うことはあった。

 兄貴の仕事が在宅でも問題ない仕事で時間にも余裕を持てるという事なので家事のほとんどを一人でやっていたりもするのだ。もちろん、俺も時々手伝ってはいるのだけれど、兄貴のように器用ではないのでそれにも限度があるというものだ。だが、そんな兄貴は母さんが一切家事をやらないことに対しても文句を言うことも無く、何かあれば母さんを支えているのだ。

「一人にしてしまうと母さんがどこかに行ってしまいそうだからさ、俺が出来ることは全部やっておきたいんだよ。光紀はこれから結婚して新しい家庭を築くことになるんだし、俺達の事は気にしないでくれて大丈夫だからな」

 なんて兄貴は言ってくれるのだが、さすがに気にしないわけにもいかないのだ。俺も父さんを失ったショックはあるのだが、二十年以上もそれを引きずっている母さんの事が少しだけ癇に障っているのも事実なのである。


「私は両親が二人とも元気だから光紀の家の事はよくわからないけどさ、顔合わせの時もお義母さんってずっとうつ向いていたよね。綺麗な人だから下ばっかり向いてるのはもったいないなって思ったんだけど、私のパパも同じこと思ってたみたいでそれを言ったらママに怒られてたさ」

「正直に言ってさ、俺も父さんが亡くなった事は辛いって思うけどさ、二十年以上もそれを引きずるのはどうかなって思うんだよな。兄貴が全部母さんの面倒を見てくれてるから俺に負担があるわけじゃないんだけどさ、兄貴の置かれてる状況を考えるとこのままでいいのかなって思っちゃうんだよね」

「挨拶に行った時もお義母さんよりお兄さんの方が喜んでくれてたもんね。光紀には言ってなかったけど、お兄さんに結婚したら俺達の事は気にせずに二人の家庭を大切にしてくれって言われたんだよね。お兄さんって独身だと聞いてるんだけどさ、お母さんの老後の世話とかも一人でやるつもりなのかな?」

「その事なんだけどさ、先日兄貴から言われたんだよね。もしも、兄貴に何かがあった時は俺が母さんを引き取るんじゃなくて契約している施設に母さんを入れてくれってことになってるみたいなんだよ。その為の保険にも入ってるみたいでさ、母さんの事で俺に負担なんて一切かけさせたくないって兄貴の強い意志を感じるんだよな。でも、少しくらい頼ってくれてもいいのになって思うんだよな。もちろん、頼るのは俺だけで千代子は何もしなくて大丈夫だからさ」

「私はお義母さんの事全然知らないけどさ、何も知らないままで光紀と結婚しても良いのかなって思うことはあるよね。私のパパもママも光紀の事は凄く気に入ってるけどさ、それと同じくらい私もお義母さんに気に入って貰いたいなって思うんだ。お兄さんもあんまり私の事に興味無いみたいだしさ、光紀の家ってそう言う感じなのかな」

「兄貴はあれで喜んでくれてたと思うよ。でも、家族で一番喜んでくれてるのはジュエルかもな。千代子と一緒に暮らせるのは嬉しいけどさ、ジュエルと離れるのは少し寂しいのさ。小さい時からずっと一緒だったし、ジュエルがおじいちゃんになってからも元気に散歩に行ってくれてるからな」

「ジュエルちゃんって本当に光紀に懐いているよね。相思相愛って感じに見えるんだけどさ、あんなに愛情注いでるのに人間になれないなんて不公平だよね。家族からの愛情が無いと人間になれないって話もあるけどさ、普通の家族から注がれている愛情以上に光紀は注いでると思うんだけどな。そうだ、二人で暮らす新居なんだけどさ、ペット可の物件を探してジュエルちゃんも一緒に住むってのはどうかな?」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、さすがにそれは悪いと思うよ。こんな言い方したらあれだけどさ、ジュエルももうすぐ寿命だと思うし、そうなると千代子にイヤな思いさせちゃうかもしれないからな」

「大丈夫大丈夫。私も今まで何度かペットは飼ってきたことあるから問題無いって。それに、ジュエルちゃんと仲良くなれたらお義母さんとも仲良くなれるような気もするからね。でも、お兄さんとお義母さんがダメって言ったらこの話は無しになっちゃうけどね」

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