第20話 今日に限れば島田さんは空気だ

 さすがに授業を一緒に受けることは出来ないと思っていたのだけれど、先生たちに竜君の事を言ってみると意外と受け入れてもらえるものであった。ゼミの吉田先生も家族で飼っている犬が立派な男のになって育てているところだという事もあって協力的であったし、他の先生たちに対しても私以上に熱量を込めて説得してくれていたのだ。

 吉田先生のお陰で私と竜君は一緒の授業を受けることが出来るようになっていたのだ。授業料とかどうなるのだろうと思って学生課に確認してみると、擬人化したペットに教育を施すのは国からも推奨されている事らしく授業を受けたペットの理解度によって補助金が出ることもあるそうなのだ。そのお金は私に対してのものではなく大学側に出るそうなのでどうでもいいのだが、その事を考えても大学側は竜君を受け入れた方がメリットがあると判断したそうだ。

 ただ、竜君がここまで多くの人の中に入って大人しくしていられるのか心配にはなったのだけれど、大学に来るまでに乗っていた電車や夕方のスーパーなどに行っても特段取り乱すことも無かったので問題はなかったのである。

 しかし、全てが順調に進んで平和に終わるということも無く、私が竜君と一緒に歩いているとかなりの確率で島田さんに遭遇するのだ。私の思い過ごしかも知れないのだけれど、島田さんは明らかに先回りをしているような節があるのだ。

「今日はよく会うわね。ここであったが何かの縁でもあるし、今日の授業が終わったら一緒にカラオケに行かないかな?」

「いや、カラオケとか行かないよ。島田さんとはゼミが一緒ってだけでそこまで仲が良いわけでもないし」

「まあまあ、そう言わずにさ。今日くらいいいじゃない。永井さんがいきたくないって言うんだったら、竜君が一人で来るってのはどうかな?」

「は、何言ってんの。俺が良子もいない場所に行くわけないだろ。それに、カラオケってなんだよ」

 竜君が人間になってからまだそんなに時間が経っていないので知らないことも多いと思うのだが、カラオケについては昨日テレビを見ながら説明していたはずだ。その時は今度カラオケに行ってみたいって言ってたのにすっかり忘れてやがる。まあ、そこが竜君らしいと言えば竜君らしいのだが。

「行った事ないなら私が案内してあげるわよ。永井さんはそう言うの詳しくなさそうだし」

 確かに、私は中高と友達と一緒にカラオケに行った経験なんて無い。そもそも、誰かと遊んだのだって中学くらいまでさかのぼるような気がするのだ。その分、今は竜君と楽しい時間を過ごせているので問題なんてないけどね。

「良子が詳しくなって事は行きたくない場所って事だろ。そんな場所には俺は行きたくないんだけど」

「いや、別に行きたくないわけじゃないよ。私は歌を聞くのも好きだからね。でも、竜君はカラオケに行っても出来ることなんて無いと思うけどな」

「そんな事ないよ。良子が教えてくれたら何でも出来ると思うから。だからさ、今度そのカラオケってやつに行こうよ」

「行くのは良いんだけど、竜君って歌を歌えるの?」

「歌えないけど。歌わないとダメなの?」

「ダメってことは無いけど、カラオケって歌を歌うところだからね」

「そうなんだ。じゃあ、行かなくてもいいや」

 その後は竜君にカラオケとはどういうものかという説明を行っていたのだが、その間も島田さんは何事も無かったかのように私と竜君を交互に見ていたのだ。

「あの、カラオケに拘らなくても良いし、ご飯とか食べに行くのでもいいんだけど。それくらいだったらいいと思うんだけど、どうかな?」

「ちっ、良子との会話に割り込んでくんなよ。お前本当に邪魔だな」

 さっきから思ってるんだけど、竜君の口が悪いのは絶対に私のせいだと思う。竜君が人間になる前にずっとやってた乙女ゲーの私の好きなキャラクターに喋り方がそっくりなんだけど、それって私が家でほとんど話しかけたりしないでその子のセリフばっかり聞かせてたからなんだろうか。私が竜君を好きだという気持ちが無いとは言わないけど、ペットが人間になった他の人達の話を聞いていると明らかに私は愛情を注いでいないと思うんだよね。どちらかと言えば、ゲームの中の竜君に対して一方的な愛情を押し付けていたような気もするんだよな。

 だからと言って、竜君に対して全く愛情が無いというわけでもないし、昔から蛇もトカゲも好きだったし。動物園に行って一番わくわくしたのもウサギとかヤギと触れ合うことよりも、綺麗な羽を持っているクジャクを見るよりも、可愛いアルパカやビーバーなんかを見るよりも、爬虫類館に行ってあんまり動かない子たちを見てるのが好きだったんだよね。そんなんだから友達が出来ないんだって言われたこともあったけど、好きなモノは好きでいいんだと思うよ。誰かに合わせて生きるよりも、私は好きな竜君と一緒にいられるこの時間が大切だと思うし。

 そうえば、人間になった時よりも今の方がゲームの中の竜君に似ているような気がするんだよね。人間の生活に慣れてきたって証拠なのかな?

「あの、そんなこと言わずに私も仲良くしてください。お願いします」

「あ、無理だね。俺の良子に酷いことするような奴とは仲良く出来ないわ。じゃ、行こうか」

 島田さんがここまで竜君に固執するのかわからないけれど、あんなにしつこいのは異常だと思う。私なんかと違って島田さんだったら竜君に拘らなくてもいい人なんて簡単に見つかると思うのだけれど、なんでここまで竜君に拘るんだろうな。

 竜君が普通の人だったら私なんかよりも島田さんを選ぶと思うのだけど、竜君は普通の人間ではなく私が飼っている蛇だからね。蛇に飼い主を思う気持ちがあるのかはわからないけれど、竜君は私の事を一番に思ってくれている。はずだ。


「良子の作るご飯も美味しいんだけどさ、今日はネズミ食べてもいいんだろ?」

「ネズミは毎週金曜だけって決めたでしょ。その約束は守らないとダメだからね」

「毎週金曜って言われてもいつが金曜かわからないからな。どうやって覚えたらいいんだ?」

「私がお昼過ぎまで学校に行ってない日が金曜だって覚えればいいんじゃないかな。あとは、天気予報とかで金曜って言ってたりもすると思うよ」

「まだまだ覚えることはいっぱいあるみたいだな。それと、もう一つ気になってることがあるんだけど、答えてもらっても良いかな?」

 竜君の目はいつも一点を見つめて真っすぐなのだけれど、今日はなんとなく竜君の目にいつも以上の力を感じていた。真っすぐ見つめてくるその視線は私の秘密を暴いてやろうというものに見えてしまったのだ。

「答えたくなかったらそれでいいんだけど、良子は今の俺と蛇だった俺とゲームの中の俺だったら誰が一番好きなんだ?」

 中々に難しい質問をされてしまった。いつかこんな事を聞かれる日が来るんじゃないかなって思ってたんだけど、ゲームの中の俺ってのはいったい何なんだ。少しひっかかるところはあるがそんな事は気にしないで質問に答えるとしようかな。

 でも、正直に言えばそこまで大きな差は無いと思う。今の竜君も好きだしゲームの中の竜君ももちろん好きだ。何より、私は小さい時から蛇やトカゲが好きだったので人間になる前の竜君の事ももちろん好きなのだ。

「一番なんて決められないかも。でも、私の目の前にいてこうしてお話出来る竜君が一番好きかも」

 私は竜君を見た後に蛇だったころの竜君が使っていた空のケージを見ているのだけれど、竜君は少し離れた位置から私と一緒にケージを眺めていた。昔の記憶があるのだとしたら、このケージで問題が無かったのか聞いておきたいところだ。

「ねえ、あっちの中で過ごすのって大変だった?」

「そうでもないかな。普段から活発的に動くことも無いからあれくらいでちょうどいいと思うし、あの中から外の様子もちゃんと見えてたからね。良子がゲームやってるとことかよく見てたよ」

 もしかしたら、私が一人でしてるところも見られてたのかもしれないな。たぶん、ベッドの位置関係からして竜君のいたケージからは角度が悪くて見えないので問題は無いと思うけど、何となく今の竜君にそれを指摘されるのは嫌な気持ちになる予感がしていた。

 私だってそういう事をする日もあるのだ。そう言えれば一番いいのだけれど、そんな事を誰にも話せるもんでもないだろう。私にだって恥ずかしいと思うところはあるのだ。


 竜君はお風呂に入ってくることは無いのだけれど、私は以前よりもお風呂にいる時間が長くなっているように思える。見られたくないところはお風呂の中でひっそりとして見たいのだけれど、どこからか嗅ぎつけてきたのか私が気持ち良くなっている時に限ってお風呂の向こう側から竜君が話しかけてくるようになったのだ。

「良子が心配だからここで待ってることにするよ。俺がここに居るから安心してな」

 近くに竜君がいるという安心感はあるのだけれど、今は少しだけその好意が邪魔に感じていた。

 全くもって理不尽な事なのだが、今はそうして見守ってもらわない方が落ち着いて出来るというものなのだ。

 竜君には感謝しているのだけれど、今この瞬間だけは遠慮してもらいたいという気持ちが強くなっているんだ。竜君にはわからないと思うけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る